「世界食味紀行」 〜昔の海外特派員の記事風
この本は期待していた内容とは、随分違いました。小学生の頃、朝日新聞とかの海外特派員記事をスクラップブックに貼って集めてましたが、その頃の海外食味探訪レポートとそっくりなテイストなんです。著者の芦原伸氏は鉄っちゃんでもあるようで、本書にも世界各所の鉄道について触れられています。しかし、肝腎の料理紹介がどうも浅く感じます。
まず初っぱながイギリス料理の紹介ですが、シンプソンズのローストビーフは團伊玖磨も紹介していた憶えがあり、それなりに美味しいのでしょう。しかし、これはブルジョワのご馳走で、イギリス人ならだれもがほいほい食べるというものではない。庶民的なのはフィッシュアンドチップスです。僕もイギリスに行った時、色々な場所で試しました。骨を丁寧に抜いて作ったタラのフライは不味くはないです。しかし、すごく美味しいというのも違う。熱いうちは良いですが、冷めるととたんにぼてっとした味わいになっちゃいます。衣がかなり油を吸っている。フランスで生活した身からすると、「やはりイギリス」としか言いようがない味。
ナポリでは日本のナポリタン・スパゲティを作らせます。ああ、勿体ない!そんなにナポリタン食いたけりゃ日本で食えばいいでしょう。わざわざ本場に来ているのに、いろいろな特徴があって美味しいイタリア料理をまったく吟味しておらず、もったいない話です。
ポルトガルのタラ料理は美味しい。バカリャウと呼ぶ干鱈を戻してコロッケとかグラタンにしたのは日本人の口にも合います。でもこういうのを食うとき、普通はファドを歌手が流しているような下町のレストランだと思うが、芦原氏は行かなかったのかな?折角ポルトガルまで行ったのにもったいない。僕がポルトガルに行って驚いたのは、卵を使ったお菓子の種類がすごく多いこと。さすがカステラの本場だけあって、空港の売店とかも色々な卵菓子がきれいな黄色をして並べられていたのを思い出します。
アメリカはねえ、芦原氏がどう言おうと不味いよ。僕が一番いやなのは、食事をコカコーラとかジンジャーエールとか甘い炭酸飲料と一緒に取る習慣。何か不味い料理を炭酸と甘味の勢いで喉に流し込む感じで、胃がむかむかする。とりわけ嫌いなのが鶏肉。判を押したが如く、皮を除いた胸肉ばかりで、それこそコークの液体なしでは喉につっかえてしまう。僕は鶏肉が大好きですが、アメリカに行って初めて「不味い鶏肉」を食いました。紹介されるジャンバラヤやケイジャン料理も取り立てて言うほどの美味とは思えません。香辛料がきつく食材本来の味がわかりにくい。中華の方が美味しい。
シベリアの料理も紹介されていますが、あまりに貧相過ぎて絶対に行きたくないと感じました。サバイバル旅行がお好きな方はどうぞ。
南半球で味わった「ハギスの味」。これは期待して読み始めました。ハギスはヒツジの内臓をヒツジの胃の中に詰めてつくるスコットランドの料理です。これまた團伊玖磨がイギリスの食い物として激賞しているのを読んだ憶えがあり、臓物料理が好きな私は興味津々でした。それをニュージーランドで食べるチャンスが訪れたと芦原氏は書いています。いったい如何なる味?ところが、芦原氏は「味はなんとも表現できない」で終わりです。自分でお試しくださいとなっている。「くさやみたいな食い物が外国人には表現できないように、他国の民俗や歴史に培われた味を理解するには、時間が教養が必要なようだ」と結んでいます。要するに「まずかった!」のでしょう。第一臭かったのでないか?しかし、食通の團伊玖磨が激賞する味です。何か違うんでないか?
日本も紹介されており、それは北海道のジンギスカンです。私はヒツジが好きで、家族もみんな好きですが、ジンギスカンの食い方は好みません。甘辛い味でご飯には合うけど、ヒツジ本来の美味をあまり感じません。ただ「肉を食っている」という感覚で、これだとクマ肉でもトド肉でも同じじゃないか?芦原氏は延々とジンギスカンの歴史を書いているけど、退屈でした。昭和時代の戦後の腐りかけたすえたヒツジ肉と今は違うのだよと言いたい。もっとヒツジ本来の美味をよく味わいたい。東京とか京都とかだと、軽くローストしたヒツジの美味を味あわせてくれる店を何軒か知っています。
最後はアフリカ。モロッコで、ハンフリー・ボガードの「カサブランカ」に酔いしれるとは!一体芦原氏は21世紀のひとなのか?タジン料理とクスクスの紹介はいいのだが、それこそヒツジ肉が最高に合う料理と僕は思っています。芦原氏は冒頭で、「世界の大半は遊牧民の世界。だからヒツジ肉が世界で一番消費される肉でないか」と書いています。僕もそう思います。しかし、ヒツジの美味について、タジンやクスクスでもほとんど語られていません。そうそう、フランスはGigot d'agneau(ジゴ・ダニョー)という子羊のもも肉を骨ごとローストした実に美味しい料理があります。
ところが気づいてみると、芦原氏はフランスを完全にスルーしていました。ヨーロッパは辺境の地でもいろいろ美味しい料理があると感じますが、肝腎のフランス料理をすっ飛ばすことはないでしょう。何かね、本書の世界の味紹介は相当に偏りがあります。昭和時代の親父記者が「むふふふ、世界にはいろいろな食い物がありますぜ」と見世物・ゲテモノ的に紹介するような書き方で、食べ物に対する深い愛着がどうも感じられません。食べ物に関心がある人は経験的に食材をとことん追求します。どこで獲れてどういう処理をするのかに関心が集中するのが常ですが、芦原氏にはそれがまったくありません。残念ながらあまり食の深奥を極めるというか貪欲な起源追及はされてない本でした。
「世界食味紀行〜美味・珍味から民族料理まで」芦原伸著 平凡社新書 2022.12.15
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