テレメンタリー「福迫雷太の死」 〜福迫は何者なのか
(テレメンタリーで紹介された、藤田小女姫殺人事件後アメリカ送還時の福迫雷太(1994年))
今回のテレメンタリーで、殺された福迫雷太はそれまでアリゾナ州の刑務所に終身刑囚として収監されていたのに、再びハワイの刑務所に戻されていたことを知りました。理由は彼の癌発症です。何の癌か述べられていませんでしたが、すでにアリゾナ州の刑務所にいたときに発症し、そちらでも手術を複数回受けているそうです。しかしさらに全身への転移が進み、脳転移も2カ所あって治療費が嵩むため、医療費の安いハワイに送り返されたという話でした。しかも、福迫は余命幾ばくもないことも告知されていました。そこで同房の囚人に殺されてしまったのです。
まず福迫雷太はどういう犯罪をしたのか?wikiから引きます。
容疑者逮捕
交友関係の捜査の過程で、藤田の息子のスキューバダイビング仲間で銃器不法所持の前歴があったF(=福迫雷太、事件当時28歳)が浮上した。その後の捜査で、事件現場近くであったFが住むアパートから犯行に使われたものと同じ弾薬が発見された。さらにDNA型鑑定によって、ソファから検出された血痕が藤田の息子のDNAと一致した。また、Fが藤田の所持品であった貴金属類を質屋に持ち込んで2000ドルを借りていたことが判明した。これによって、捜査機関は藤田親子を殺害したのはFであると断定し、国際刑事警察機構を通じて日本の警察庁に身柄確保を要請した。
一方、Fは事件の2日後の2月25日に日本へ帰国した。3月4日に神奈川県警に出頭し、殺害の無実を主張した。4月3日、アメリカで起訴され、5月11日に法務省へ日米犯罪人引渡し条約による正式の請求が来て、8月16日にFはハワイに送還された。
福迫雷太とはどういう人物なのか。JBpressから引きます。
犯行を疑われたのは2人と交友関係があった福迫雷太(ふくさく・らいた。当時28)だった。福迫は事件の2日後に日本に帰国していたが、その直前に小女姫さんの貴金属をハワイの質屋に持ち込み2000ドルを借りていたことが判明。
さらにその後の捜査でもいくつかの状況証拠が浮上。これにより福迫はアメリカで起訴され、日米犯罪人引き渡し条約に基づき、初めて日本人の身柄が米国に引き渡された事例となった。
日テレの世界仰天ニュースから引用します。
1973年、小女姫はハワイで生活し始めた。独身だった彼女はその頃、藤田吾郎を養子に迎えた。1994年2月22日、ハワイに移住して21年。小女姫は56歳になっていた。仕事では充実していた彼女だったが、1つ頭を悩ませていることがあった。それは養子に迎えた息子。ハワイ大学の学生だった吾郎に小女姫は自分名義のクレジットカードを渡していたが、高額の請求が絶えなかった。吾郎は度々カードを友人に貸し、使わせていたという。
吾郎氏を養子に迎え入れたのは、小女姫氏がすでに占い師から身を引きハワイに移住した後だったのか。とすると前述の藤田小女姫の秘書だった者が言う「出産すると霊感が落ちるから、養子ということにした」という主張はあまり意味を持たなくなります。
「友人にカードを」とありますが、少なくともその一人はこの福迫雷太だったでしょう。
小女姫の財産を管理する男性のもとに電話が入った。電話は「今すぐ2万ドル家に待ってきてもらいたいの」という内容だった。しかしアメリカの銀行はキャッシュのデリバリーは禁止されているため、行うことができなった。
するとは小女姫は「人の命がかかってるんです」と声を張り上げ電話を切られた。何か起きていると思った彼は総領事館に連絡した。
午後4時半頃、総領事は部下数人と小女姫のコンドミニアムへと向かった。すると、扉が開かず焦げ臭い匂いがした。駆けつけた消防隊員が部屋へ突入。小女姫が倒れており、さるぐつわをかまされ、さらに胸を銃で撃たれていた。すでに意識はなく懸命な蘇生処置をしたが間もなく死亡が確認された。
彼女の無惨な姿が発見された5時間半後の夜10時半、小女姫のコンドミニアムから5kmほど離れた駐車場で赤いスポーツカーが燃えているとの通報が入った。
急行すると助手席に男性の姿があった。すでに死亡しており、両手両足は粘着テープでぐるぐる巻きにされ、またも胸を撃たれた痕があった。その男性は小女姫の息子・吾郎だった。警察は犯行の手口とタイミングから同一犯と断定。
今回のテレメンタリーでも、福迫雷太が藤田吾郎氏の遺体を入れたと思われるキャリーバッグを自宅マンションから運び出す様子が防犯カメラに写っているのが紹介されています。番組ではキャリーバッグが160センチくらいで180センチの吾郎氏の身長に合わないと述べていますが、どうみてもキャリーバッグ内の遺体は「屈曲」しています。事件直後藤田小女姫が所持していた宝石が近くの質店で売られたことから、質店カメラに写った福迫雷太の関与が疑われます。
警察は直ちにホノルル市内の福迫の部屋へ向かうが、福迫は事件の2日後、日本へと逃げていた。福迫は事件の翌日、貴金属を質屋に持ち込んで金に換え、その次の日には出国し神奈川県の友人宅へ身を寄せていた。
疚しいことがなければ、そんなに慌てて日本に帰国することもなかったでしょう。寧ろ留まって友人親子の死を悼むのでないか?日本の警察に出頭・拘留されアメリカに送還される時の空港で「無実です。殺していません!」と叫ぶ福迫の様子は今回も放映されてましたが(冒頭の写真)、白々しいものです。
今回の放映で福迫雷太の母親がインタビューに答えていましたが、神奈川県住まいのようです。デイリー新潮の記事を引用します。
〈福迫は地元の公立中学を卒業後、アンカレッジの高校に留学。ロサンゼルスの大学に進学したが、卒業しないまま、幾つかのビジネスを手掛けた。フリーターのような生活を経て、ロスで知り合った女性と一緒にハワイに移り住んだのが昨年7月。小女姫さんの自宅から徒歩15分ほどのコンドミニアム「ディスカバリーベイ」に住んでいた〉(「週刊新潮」1994年4月14日号「藤田小女姫殺害犯とされた本人と『会見二時間』の真贋」)
この1970年代に高校から海外留学なんて、普通の家庭では考えられません。しかもアンカレッジ?なんでアラスカ?フリーターみたいな生活の福迫がハワイでなぜそんなコンドミニアムに入居できたの?一体福迫雷太は何者なのか?テレメンタリーに出た福迫の母親の現在は一軒家住まいのようですが、ごちゃごちゃした家財を背景に映っており、ものすごい金持ちには見えなかったです。
上記の福迫雷太の「ビジネス」ですが、堅気の商売ではなかったようです。再びJBpressからと週刊新潮からの引用です。
福迫は銃の密輸などの違法行為をしており、それを日本で売りさばき、暴力団との繋がりもあったと思われる。そして吾郎のカードを使うなど借金をしていたのも福迫だった。吾郎とはダイビングを通して知り合い、毎日のように遊ぶようになったという。
カリフォルニア州立大学に通っていたとの情報がある。日本人留学生グループと輸入ビジネスのような事を始め、暴力団関係者などを相手のビジネスをしていた。この頃に、銃の不法所持により4度逮捕されており、暴力団関係者との繋がりができたと言われる。
カリフォルニアに移ったあとは、もう完全に犯罪者になっていたわけです。藤田吾郎氏は警戒心が薄い金持ちのお坊ちゃんで、悪人・福迫雷太には良いカモと映ったでしょう。しかし、母親の藤田小女姫がどういう人物か福迫が知ったのはその後でないでしょうか?もしかするとその過程で拳銃密売でつながりがあった日本の暴力団関係者から、何らかの教唆を受けたかもしれない。そこは疑念として残るが、知って格好の金蔓と考え、吾郎氏を誘拐して小女姫を脅迫したのは福迫自身の考えでしょう。実行したものの金の引き出しに失敗し、母子ともに殺して証拠隠滅を図ろうとしたが真相と思えます。福迫雷太自身もその経歴を考えれば元々は金に不自由だった身とは思えません。彼の犯罪傾向は出自そのものと関係しており、福迫の家族(父親)も堅気の商売ではなかったのでないか?そう感じます。福迫雷太の父親は週刊サンケイの元記者で当時は貿易商だった福迫千春だという記載がネットにありますが、真偽不明です。
彼の逮捕後の主張は裁判過程で転々と変わっています。
「私は友人とその母を殺していません」
→「この件に圧力をかけている人に約束します。私は何も言いません。何もしゃべりません」
→「脅されて遺体の処理をやむなく手伝ったが、真犯人はほかにいる」
まったく信用できない。藤田小女姫も吾郎も、殺したのは福迫雷太で単独犯という結論は間違ってないでしょう。しかし、福迫はアリゾナの収監時もハワイに戻されてからも、インタビューに対して延々とえん罪を主張してますが、その内容は別なところで詳細に出ていました。ABEMAニュースの動画から引きます。
当時、藤田小女姫は、ハワイで知人から恐喝を受け、多額の金銭を要求されていた。
藤田小女姫が恐喝を受け現金を要求されていたという話は福迫からしか出ていません。
これを受けて、彼女は福迫雷太に借金の相談をし、彼の知り合いである東京在住の在日北朝鮮人金融業者K氏を紹介された。小女姫さんは東京に行き、この在日北朝鮮人のK氏から200万ドル(約2億円)を借り入れた。その際、この黒革の手帳を担保として預けた(藤田小女姫の交友を記載した手帳)。
福迫を、息子の友人というだけでそのような斡旋を頼むほど藤田小女姫は信用していたの?そもそも息子の吾郎に渡したカードを福迫に野放図に使われていて、藤田小女姫は悩んでいました。担保として手帳を預ける?重要なのは中の情報だけで手帳の現物じゃないでしょう。
またK氏は「今はこのお金を使わないで欲しい。使えるのは夏以降だ」と小女姫さんに指示した。実はその札はニセ札だったから。しかし、小女姫さんの息子・吾郎さんが東京からハワイに戻ると、この偽札を即座に使用。これが一連のトラブルを引き起こし、藤田親子の命を狙われることとなった。
はあ?そもそもニセ札の話も福迫からしか出ていないが、「ニセ札を融資」してもらうのか?何の価値があるの?何言ってんだか理解不能。
福迫は偽札を回収するようK氏から命じられ、偽札を使用した人物3人を見つけ出し、福迫の自宅に監禁した。ところが福迫と共に偽札回収作業を行っていた小女姫のボディガードが3人ともめ事になって発砲し、3人を殺害した。そのうちの1名を福迫がエレベータで運び、残りの2人は階段で運んだ。しかも福迫が運んだ遺体は吾郎氏ではないと言う。
はあ?そんな3人やボディガードの存在は福迫の話にしか出て来ないし、第一殺害前に福迫は藤田吾郎氏ただ一人としか一緒にコンドミニアムエレベータに乗っておらず、その後吾郎氏は出て来てない。かりに3人殺しが実際にあってもなぜ遺体を分けて運ぶの?まあ、福迫の部屋には吾郎氏の血痕しかなかったのですが。
偽札を使った人物3人の殺害から2か月後、小女姫さんに200万ドルを貸していたK氏が、東京の自宅前で射殺されるという不審な事件が発生した。
K氏の殺人が起こったって、だれもそんな事件知らんよ。そんな事件、福迫しか言ってない。
書いてて辟易としました。この第三者関与の発言も完全にはったりで、架空の話だと思います。年月が経つとひとの記憶があいまいになるのにつけ込んで、その場その場に合わせた適当な創作をしてるとしか見えない。天性のウソつきで犯罪者なのでしょう。ただその死が唐突だったために、今なおミステリアスに語られていると感じました。デイリー新潮から引用します。
彼は同房の囚人に殺された――福迫茂代さん(94)はそんな凄絶な体験をした。殺人容疑で逮捕されたのが茂代さんの息子、雷太である。当時29歳で、吾郎さんと知己を得ていた。
「お風呂から上がってテレビをつけたら、雷太が映ったんです。『殺された』と。やっぱりね、と思って……」
と、茂代さんが語る。「雷太が小女姫さんを殺したのではなく、悪い人たちに頼まれて、お金欲しさに何かをちょっと手伝ったということのようです」(茂代さん)
「ちょっと手伝った」か。よく言うな。あなたの息子はこの事件の前に4度も逮捕されてますよ?
死体運びこそ認めた雷太だが、殺人は否認。「真犯人を知っているが言えない」と述べた。「もし言えば両親に危害が及ぶ」とも……。
94歳までお母さまはお元気でないですか?インタビューの母親は特に脅されているようにも見えず、ただ年のせいかぼぉーっとした雰囲気でした。
「雷太はどこに行っても、狙われていたんです。真相を喋られてはまずいから殺されたんだと思います」
と推し量る茂代さんの脳裏に、獄中の息子を励まし続けた日々がよみがえる。雷太から毎週、コレクトコールで国際電話がかかってきた時期もあったっけ。自身ががんを患い、余命5年と宣告されたことも。実際は夫に先立たれたのだが。
茂代さんが続ける。
「雷太も、刑務所に入ってから全身がんになりました。どっちにしても長くない命でした。終身刑だし、痛い思いをしたかもしれないけど、これでよかったのかな、あんなところで死ななきゃならない運命だったのかな、とも思います。私の両親も主人もお墓に入っていますから、雷太もそこで安らかに眠ってほしいと祈っています。……向こうで火葬してくれるんでしょうか」
安らかには眠ってほしくないな。息子も、そしてあなたも。しでかした罪やウソに相応の罰を受けて欲しい。もしかすると福迫雷太を殺した同房の囚人は憐憫の情でやったのでないか?死期間近でがん性疼痛に苦しむ福迫を安楽死させたつもりかもしれない。
地元報道によると、福迫受刑者はハワイ・ホノルル郊外にあるハラワ刑務所内床で首に刃物が刺さった状態で見つかり、14日に死亡が確認された。頭などに殴られた形跡もあった。
福迫雷太は苦しんでうるさかったのかもね。えん罪事件の主張そのものも相手にしてられないけど、ここまで無反省にウソをつく態度を30年近く続けた心理には驚きます。あまりにウソの上にもウソばかり言っていて、自分でも何を言ってるのか訳が分からなくなっていたというのが、僕の感想です。
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