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「あんぱん」 〜時が来ればお返しする命

ポワール


Nスペ「”一億特攻”への道」〜特攻は軍だけの責任でない

Nスペ「”一億特攻”への道」〜特攻を讃えた教師達


NHK朝ドラ「あんぱん」、昔からなじみの漫画家やなせたかしの物語と聞いて興味を持ちました。時間的に朝ドラはほとんど見る機会がないので論評する立場でないのですが、今回は大いにはまりました。月曜は、小倉聯隊に転属となった柳井二等兵を含め初年兵たちは古参兵たちから凄まじい殴られ方でしたね。嵩は軍人言葉を使わなかったと殴られ、詩集を持ってたといって殴られ、カレーライスのイモの数を間違えたといって殴られ、軍帽を盗んで隠したといって殴られる。パーン!ゴカーン!と、演技とはいえ正視できないほどにもうボコボコに殴る殴る。いわゆる可愛がりですが、こうした理不尽で凄惨なイジメの末に自殺に追い込まれたり、本当に殺されてしまった初年兵もいと聞きます(無論そういう事案は皇軍の暗部なので、闇に葬られているが)。脚本担当の中園ミホさんには、朝ドラといえども旧日本軍の暗部を真っ正面から描こうとしたその気魄に敬意を表します。視聴者にはこの軍隊の激しいイジメを、耳目を塞ぎたいと思う人もいるでしょう。しかし、これは今と関係ない過去の愚行といえるでしょうか?兵庫県知事の斎藤元彦や立花孝志の暗躍を考えると、今もまったく変わらない、いや今の方がもっと陰湿で始末に負えないヤカラがいると思うのは、僕だけでないと思います。


 「あんぱん」少し遡りますが、旧制中学時代の嵩の数学の出来なさ、ほろ苦い思いで見ておりました。成績が甲乙丙丁の「丁」とは赤点、すなわち落第点です。やなせたかしの自伝を読むと旧制中学時代ほんとに数学ができなかったようです。今も昔も難関大学の入試合否を大いに左右する数学に受験生は悩まされます。数学の勘が一向に身につかない数痴というやつでしょうか。ドラマで「たかし」はあまりの数学の出来なさに世をはかなみ、線路に寝転がって頭を轢かれて自殺しようとします!「こんなぼくいやだーっ!うわーん!」かぁ。ううう、可哀想な嵩くん。思わず涙がこぼれます。でも数痴であっても数学を理解できないわけではないので、徹底的にパターンを復習すれば大学受験(当時なら旧制高校受験)レベルまではなんとか持って行けたのでないでしょうか。しかしながら、旧制高校の数学の問題、決して侮れません。自分が大学受験時、「大学への数学」に戦時中旧制八高(今の名古屋大学に相当)で出題された平面幾何の問題が載ってました。三角形の問題で一見簡単そうに見えて手が出ない。「大学への数学」には昔の問題紹介ということで解法が出てなかったので、とうとう答えがわかりませんでした。名大は今も昔も数学が難しいのぉ。今から思うとメネラウスの定理を応用して使う問題でなかったかとは思うのですが。


 一方賢弟の千尋は現実もドラマ通りに優秀で、柳瀬千尋は旧制高知高校(現在の高知大学)に合格、その後京都帝国大学法学部に進みます。しかし、第二次世界大戦末期で圧倒的に不利になった戦局のため、文系大学生は学業短縮の繰り上げ卒業で兵役でした(理系学生は動員免除だったので、旧制高校の理科や大学工学部などに志望者が殺到した)。柳瀬千尋は1943年9月京都帝大を卒業し、すぐ海軍に海軍予備学生として入隊しました。翌年の1944年早々海軍機雷学校に入学し、5月には速成で修了。その後対潜学校を経て、7月末には駆逐艦「呉竹」に水測室勤務で乗船します。これはどういう経緯か。柳瀬千尋は幼少から音楽が好きで、聴力に自信があったようでした。そしてその耳の良さを活かして海軍に貢献したいと思ったようです。つまり駆逐艦に接近する敵艦をソナーなどを通じて探索する任務を選んだということだったようです。しかし、これが運命を決しました。1944年フィリピン・バシー海峡沖で、呉竹は連合軍潜水艦に捕捉されます。艦艇の一番底にあった水測室に潜水艦が発射した魚雷が命中し、そこにいた千尋はおそらく木っ端微塵に粉砕されて死にました。弁護士になって活躍するといういう千尋の夢は、22歳にして海の藻屑となって潰えました。木曜の回のラスト、嵩に向けた「柳井千尋少尉、行きます!」の千尋の敬礼、さすがに悲しかった。京都帝大法科まで出ながら間もなく死ぬことになる千尋の運命が、外で鳴くヒグラシのもの悲しいセミ時雨で予見されていました。

映画チャンネルで「長らく隠されてきた千尋の思いが爆発し、多くの視聴者が中沢元紀の芝居に胸を打たれた第54話。放送終了後のXは“千尋”一色に染まり、トレンド入りを果たした。」と出ていましたが、出征する千尋が二度と帰れない覚悟と容易に察することができたからでしょう。


 やなせたかしの「おとうとものがたり」から引きます。

人生に「たら」という言葉は禁句です。

しかし自分の人生が晩年近くになった最近になって、しきりにもし父親が生きていたらとか、弟が生きていたらとか思うようになった。

父親が三十二歳、弟は二十二歳でこの世を去った。

〜中略

弟が二十二歳でこの世を去ったのも情けない。弟はある意味で柳瀬家のホープであった。性格も明るく成績も良く、柔道二段で快活であった。

自分の子どももそれから遥か後の現代に「京都帝大生」になりましたが、少なくとも今の日本は戦時下でないので存分に学ぶことができました。肉親からすれば子どもがせっかく良い大学に入ったのに何も成し遂げることないままに若くして死んでしまったらとてもつらい気持ちになるでしょう。「情けない」と語ったやなせたかしの心情はよくわかります。


「あんぱん」で歌うRADWIMPSの「賜物」の歌詞、一部ですが抜粋します。

涙に用なんてないっていうのに やたらと縁がある人生

かさばっていく過去と 視界ゼロの未来

狭間で揺られ立ち眩んでいるけど


「産まれた意味」書き記された 手紙を僕ら破いて

この世界の扉 開けてきたんだ

生まれながらに反逆の旅人


人生訓と経験談と占星術また統計学による

教則その他、参考文献、溢れ返るこの人間社会で

道理も通る隙間もないような日々だが 今日も超絶G難度人生を

生きていこう いざ


いつか来たる命の終わりへと 近づいてくはずの明日が

輝いてさえ見えるこの摩訶不思議で 愛しき魔法の鍵を


君が握ってて なぜにどうして? 馬鹿げてるとか 思ったりもするけど

君に託した 神様とやらの采配 万歳


時が来ればお返しする命 この借り物を我が物顔で僕ら

愛でてみたり 諦めてみたりに思い出無造作に

詰め込んだり 逃げ込んだり

せっかくだから 唯一で無二の詰め合わせにして返すとしよう

あわよくばもう「いらない、あげる」なんて 呆れて笑われるくらいの

命を生きよう

君と生きよう


ドラマで柳井千尋が発した「愛する国のために死にたくない!、愛する人のために生きたい!」の叫びは痛切に響き、心に深く突き刺さりました。

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