北極星をえがく 〜教養棟の蛙たち(北大)
この文庫本(?)は非売品と思われ、定価がついておりません。北大のどこかでもらえるようで、うちは同じ北大に子どもが通う知人からいただきました。岩井圭也という著者は初めて聞く名前ですが、wikiで調べると北大出身の比較的若手の作家らしいです。
岩井 圭也(いわい けいや、1987年5月24日- )は、日本の小説家。大阪府枚方市出身[1]。神奈川県在住。
経歴・人物
北海道大学農学部卒業、北海道大学大学院農学院修了[2]。
2017年3月に岩井圭吾名義で投稿した「うつくしい屑」で第8回野性時代フロンティア文学賞の奨励賞を獲得。
2018年に応募した『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し作家デビュー(受賞作の出版に際して岩井圭也に名義を改める)。
ライトノベルが中心のようですが、今回は北大創立150年に合わせて書き下ろした作品です。「蛙学」(あがく)とは初めて聞く学問ですが、北大教養課程で開講されている一般教養科目で、カエルを中心とした両生類について学ぶ科目です。文系、理系を問わず初年度生なら履修できるようですが、人気が高いようで履修には抽選があります。その科目を取った北大1年生たちの学生生活を描いたのが本書です。「泉ひばり」という総理(総合入試理系)で北大に入学した女子は、ワインで有名な池田町出身です。父親からは農学部に進むように言われていますが、本人は自分が大学で何をしたいのかまだわからない。そういう迷う状態の彼女が同じ新入生の高島順人と偶然構内で出会い、蛙学へと進むシーンから始まります。
一読して思ったのは、今時の大学グループワークの風景です。指導する教員(TA teaching assistant)も自分達があまり経験してないので、学生同様ぎこちなく手探りの指導対応です。うまくグループワークが進むか指導しながら心配になりますが、私自身の経験では最近の学生は高校までにそういうワークをしているようで(総合学習?)、初対面でも案外うまくこなしていきます。ひばりはこの「カエル学」で初対面同士の違う所属の学生のグループでリーダーになりますが、なかなか苦労しています。言ったとおりにやってくれないとか、過激な発言や行動でディスカッションをぶち壊してしまうとか、色々です。最後には繁殖時のメイティングコールというお題で何とか発表に向けてまとまっていきます。フィクションですが初年度生あるあるで、良い経験になったでしょう。
小説には北大らしいアイテムもちりばめてあって、たとえばジンパ。「ジンギスカンパーティ」の略で主に学生コンパでよくしますが、本州人はまったく知らない言葉と習慣。野外でバーベキュー代わりにやるようですが、子供達もご多分に漏れずジンパの洗礼を受けたようです。セコマはセイコーマートの略で、これは観光客もよく利用する北海道限定のコンビニ。池田町のバナナ饅頭は初耳。大学構内の桜ですが、医学部横の桜並木が一番良いのか。実は花時には子供がよくここの八重桜の写真を送ってくれるのですが、そこまで良いとは知らなかった。「移行点」の話も出て来て、ひばりのように総合入試で入った学生は履修した科目の成績に一喜一憂する様が描かれています。「移行点」は総合入試で入った学生の関門です。教養課程の1年で履修科目のGPA (Grade Point Average)、つまり評定平均点で、2年生から進む各学科ごとに最低点がありますが、それを移行点と言います。人気が高い学科(医学科や獣医学科など)は特に大変で、ほぼすべての科目でAまたはA+がマストと聞きます。一般入試は課される学科試験の一発勝負ですが、1年を通じて履修した科目すべてで好成績を維持するのはまた別な力が要求されます。東大の進振りと同じで、大学に入っても猛勉強をしなくてはならない。北大の場合は学科別の募集で入る学生もいるのですが、総合入試で入った学生は学科選択の自由があるとはいえちょっと羨ましく思うのでないでしょうか。
医学部だとどこでも実験動物の慰霊祭をするのでないかと思いますが、北大はどうなのでしょうか。この小説で動物慰霊祭は出て来ませんが、岡村周諦という先生が書いた「動物実験者の自戒」をカエル解剖の実験実習をする時までに暗記するように指示されています。
実験材料の動物は、多くの場合に於いて此を殺す。
即ち実験者は、研究材料たる動物を強制的に自己の研究の為に犠牲たらしむ。
世に生を享くるものにして生を欲せざるものなかるべし。
されば実験者は、自己の研究の為に犠牲となれる動物に対しては、
自己が殺せるものにあらざるも、決して之を祖略に取扱うことなく、誠心感謝の意を以て、研究を有効にならしむることに、常に自ら戒むること肝要なり。
岡村周諦は初めて聞く方ですが、検索すると動物実験の本を出しており、この動物実験者の自戒」はそこに書かれているようです。戦前の広島高等師範学校(現広島大学)で教鞭をとったようですが、原爆でこの方に関する資料はかなり失われてしまったようで、あまり記録がありません。論文としてはコケ類の分類に関した植物学のものが多く、カエル関係は見つかりません。話は戻りますが、私も生理学実習で散々カエルを殺しました。特に電気生理の実習ではウシガエルをこれでもかというほど殺しました。カエルのお口に大きなハサミを当て、上顎を含む頭部をばさっと落とします。最初はいやいやでしたが、実験がうまく行かず何匹も殺しているとそのうち不感症になってしまい、機械的に殺していた気がします。ここに書かれているような畏敬の念はちっとも抱かず、ひたすら良い結果が出て早く終わることを祈っていました。動物慰霊祭に出たのは随分後年のことで、どうも申し訳ありません。その点、生理学教授の加藤元一先生は実験に使ったカエルのために蝦蟇塚までつくって祀っていました。
なおフィクションとして書かれた本書ですが、「蛙学」は現実に存在します。北大のウェブマガジンから引用します(前編のみ)。
あの授業はヤバい」「あれだけは止したほうがいい」と学生たちに言われながらも受講希望者が殺到する「蛙学(あがく)への招待」。学部授業のなかでもひときわ有名なこの授業を担当するのは、鈴木誠さん(高等教育推進機構 教授)です。1年前期のみの開講であるにも関わらず、なんとOB/OG会が結成されるほどの人気ぶり。
鈴木さんの授業は、なぜこうも北大生たちを引き付けるのでしょうか。前後編に渡って、その秘密に迫っていきます。今回の前編では「蛙学」メインイベントの1つでもある系統解剖実習に潜入取材しました。
カエルを通して問題解決能力を養う
「蛙学への招待」のシラバスには、「文系理系を問わず」「将来研究者として必要な問題解決の視点と手法をマスター」する授業だと書かれています。受験勉強を終えたばかりの大学1年生にとっては、かなりインパクトのある一文です。実際、どんなことをやっているのでしょうか。まずは、全15回ある授業の第6回目、前半のクライマックスとなる系統解剖実習の様子をレポートします。
6時間にもおよぶ系統解剖実習
6月18日、学生たちが続々と夕方の教室に集まってきます。どの学生も緊張の面持ちで、どことなく落ち着かない様子です。これまで学んできた、解剖の手順やカエル各部の名称などを確認しながら、開始時刻を待ちます。この日16時から始まる授業は、深夜遅くまで続く予定です。
そこに颯爽と登場した鈴木さん。さっそく実習の目的や流れ、観察すべき部位の名称などを軽快に確認していきます。麻酔薬の化学式や性質まで答えさせる徹底ぶりに、ピリッとした空気が漂います。動物を解剖する際の心構えについて書かれた「動物実験者の自戒」(『動物実験解剖の指針』岡村周諦,風間書房1953)を全員で復唱し、いよいよ実習がスタートします。
解剖には、取り寄せたウシガエルを1人1体ずつ使います。最近の中学校や高校ではあまり解剖をやらなくなってきているので、今回が初めての解剖という学生もいます。彼らはこの日のために、カエルの臓器や組織の名称を精密に記憶し、ドライ・ラボと呼ばれるカエルの形態を模したペーパークラフトの模擬解剖を通して手順を覚え、解剖スキルを磨いてきています。また、「動物実験者の自戒」を何度も読み返し、誠心誠意、感謝の心で取り組む覚悟を決めてきます。このようにして、心技体、万全に整った状態でカエルと向き合うことが大切だと鈴木さんは言います。
解剖実習だけではない「蛙学」の授業
解剖実習の様子を見ていると、学生たちの意欲の高さや並外れた知識量に驚かされます。入学したての学生にカエルに関する専門的な知識があるとも思えませんから、開講から2か月足らずの間に身につけたことになります。解剖実習以前には、いったいどのような授業が行われたのでしょうか。
高校までの授業が一斉授業中心だとすると、「蛙学」では実習やプレゼンテーションなどを組み入れたアクティブ・ラーニング型の授業が中心になっています。図書館での情報検索実習からはじまり、鮭の科学館の両生類コーナーを利用した観察会、野外での分布調査や採集、鳴き声のリスニング試験など、教室を飛び出して行う授業も盛りだくさんです。ときには物語や絵本の世界に目を向け、またあるときにはカエル料理を食べに行くなど、文化的な側面からもアプローチしています。このような活動を通して、学生たちはカエルへの理解を深めると同時に、研究活動の基本となる正確性やこだわりぬく力、創造力を身につけていきます。系統解剖実習は、このようなアクティブな学習の一環として実施されているのです。
大変だけどがんばれる授業
学生をあの手この手で鍛えぬく「蛙学への招待」は、前評判に違わぬハードな授業だということがわかりました。とはいえ、授業後の学生評価を見てみると「大変だったけど楽しかった」「おもしろかった」など、ポジティブな意見ばかりが並びます。
ティーチングアシスタントを務める、文学部4年で「蛙学」OGの宮村友海(ゆみ)さんも、そう考える一人。「噂通りきつかったけど、身になるから苦になりません。いま思えば、大学での学び方、自分から学ぶということの大切さを体験できたのが大きかったです。」
後編は、「意欲」の研究をしている鈴木さんに、授業づくりのポイントや学生を奮い立たせるコツを伺います。
この小説のほぼ実物といっていいでしょう。残念ながら鈴木誠教授はすでに北大を定年で退職されていました。
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