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アントニオ猪木さんの死で思うこと(アミロイドーシス)

最初にお断りします。私はプロレスにはまったく疎く、アントニオ猪木さんの活躍もほとんど知りません。従ってその方面で書けることはないので、ご容赦ください。アントニオ猪木というと、すぐ思い出すのは友だちが昔しょっちゅう言っていたダジャレです。「燃える闘魂、煮える大根」実にクダラナイのですがもう繰り返し何度も何度も言うので、猪木のしゃくれた顎とともに頭にこびりついてしまいました。


 さてお亡くなりになった記事を見ると、「心アミロイドーシス」と書いてあります。あれ、全身性アミロイドーシスじゃなかったのかな?記憶違い?と悩みましたが、日経の訃報を読んだらはっきり「全身性アミロイドーシスをわずらっていた」と書かれていました。アミロイドーシスは難病で「アミロイドを起こす病態」という意味です。アミロイドとは「アミロースに似たもの」という意味です。命名がかのドイツの病理学者ウイルヒョウによるとのことなので、正確には「アミュルムに似たもの」でしょうか。いずれにしてもデンプンに似たものという意味です。デンプンを化学的に定性検出する方法は、ヨウ素デンプン反応です。冷たいデンプンは難溶性ですが、その薄い水溶液にヨウ素を含む水を垂らすと、一瞬にして濃い青紫色になります。この実験非常に簡単で、小学校の理科でやったことがある方も多いと思います。しかし実は非常に鋭敏な反応で、高度な分析実験でも信頼がおける検査法として知られています(大学受験の化学でも、これを利用した酸化還元反応の定量実験は難関大定番の問題)。デンプンは通常植物がつくる多糖類で、動物はつくれません(似ているグリコーゲンは結合が若干異なり、高次構造も異なる)。ウイルヒョウは動物でも病気になればデンプンをつくるのでは?と思ったようで、ヨウ素液を片っ端から検体に垂らしてみたようです。その結果、青紫とはいかないでもかなり似た黒色に染まる物質があることを見つけ、それをアミロイドと命名しました。


 しかし、結論はどうだったのかというとデンプンではありませんでした。やはり動物にはデンプンをつくる酵素がないのです。では何だったのかというと蛋白質の一種でした。しかし、それがきわめて特徴あるもので、結晶化しているのです。デンプンにヨウ素を加えるとなぜ青紫色になるかというと、デンプンのらせん状高次構造にヨウ素分子がはまり込み、その配位が発色団を形成した結果です。アミロイドの結晶化する蛋白質は化学的にいうとクロスβシートという特殊な二次構造が積み重なった構造で、おそらくここにヨウ素分子がはまると、その配位がデンプンと似た発色団を形成するせいと考えられます。じゃあ、アミロイドは特殊な蛋白質かというとそうでもありません。色々な蛋白質にアミロイドに変化する性質があります。老化して高次構造が壊れてくるとか条件が整うと、正常な蛋白質からアミロイドに変換されます。しかし全身性のアミロイドーシスは主に遺伝子変異によることが多く、もともとの蛋白質にすでにアミロイド化しやすい性質があります。それが長年にわたってじわじわと体内に蓄積し、やがてさまざまな臓器を変性させていきます。アミロイドに触れた周囲の細胞にやがてプログラム細胞死が誘発され、死んでいくことが原因ですが、どうして誘発されるのか詳しい機序は不明です。全身性アミロイドーシスの病状はゆっくり進行するので、最初はそれによるさまざまな体調不良の原因がなかなかわかりません。いろいろな可能性をつぶしていって、最後に残る可能性のひとつがアミロイドーシスとなるわけです。治療法ははっきりいってありません。僕が学生の頃、教科書に「DMSOを投与する治験もある」と書かれていました。DMSOとはジメチルスルフォキサイドのことで、大学院に入ってから大概の難溶性有機物質を溶かすことができる溶媒だと知りました。アミロイドは結晶化して難溶性のため思いついた治験と思いますが、相当な異臭があります。「患者にDMSOを服用させるのに多大な困難がある」とも書かれていましたが、残念ながら実験と違ってDMSOはまず奏功しなかったはずです。苦しい思いをしながら医者に従い、死に向かった患者さんの胸中をお察し申し上げます。


アミロイドの確定診断には検体を採取して、それを偏光顕微鏡で観察することです。動物組織は普通さまざまな物質を含む一種のコロイド溶液なので、物質が結晶化することはありません。従って結晶化物質があればまずアミロイドとなり、それを偏光を用いて検出します。結晶構造をとる物質は光を透過させる時、ある一面の振動方向のみを通過させます。従ってあらかじめ一定方向の振動面を持つ光を偏光フィルターでつくってその光で観察すると、結晶の軸方向と入射する光の振動面が一致した時だけ光が透過します。顕微鏡観察で偏光フィルターを回転させると、一致した時だけ物質がピカッと見えます。あとは真っ暗。通常の組織はずっと真っ暗なままで何も見えません。この観察はちょっと面倒なので、アミロイドに吸着されやすいコンゴ赤で染色して通常可視光で観察しますが、正確には結晶化を確認するこの偏光顕微鏡観察が必須です。


 全身性アミロイドーシスというと、慶應ラグビー部の監督も務めた上田昭夫さんを思い出します。幼稚舎からラグビーを続けていてラグビー選手としてもすばらしかったですが、知性も一流でした。指導者として慶應ラグビー部いや慶應全体を大いにもり立ててくれました。またスポーツニュースキャスターとして活躍した上田さんをご存じの方も多いと思います。その上田昭夫も全身性アミロイドーシスに冒されました。年齢以上のふけかたでものすごく痩せてしまった末期のころの姿を思い出します。アントニオ猪木さんもテレビで、「こんなに小さくなってしまったけど、これが今の僕の姿だから見てほしい」と亡くなる前に回らない口でたどたどしく語る姿を映していました。もう痛々しい姿だけど、人間アントニオ猪木の姿に強烈な印象を受けました。ひとは必ずいつか死にます。しかしその死が穏やかな流れで進んでほしいと、誰しも思うでしょう。今のところ治療法がなくじわじわと死を待つしかないアミロイドーシスにもし自分がかかったら、どう対応出来るか。アントニオ猪木さんの姿を思い出しながら、考えます。