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ニホンザリガニと天皇陛下 〜食味はいかに

ポワール

(大正天皇の即位式「大礼」に伴う「大饗」の再現。左手前が「ザリガニのポタージュ」。「日経新聞」2015.12.01 報道より引用)


さわやか自然百景「北海道ニカンベツ川」 〜ニホンザリガニ


 私がこのニホンザリガニに興味を持つのは、食との関係です。前記した記事中の「北洋水族館」でもニホンザリガニで触れられていたエピソードをwikiから引きます。

大正の1915年(大正4年)、京都で行われる予定であった大正天皇の即位儀礼である御大礼に伴う食事会「大饗」の際、『天皇の料理番』で知られる宮中料理人の秋山徳蔵が、フランス料理である「クレーム・デクルヴィッス(ザリガニのクリーム仕立てのポタージュ)」を供することを構想した。だが日本にはヨーロッパザリガニは生息しないため、秋山は北海道のニホンザリガニを使うことを考えた。現在、外来種として知られるアメリカザリガニやウチダザリガニの移入も昭和以降となるため、この時代に日本で採取できるザリガニは、本種以外に無かった。


たまたま旭川の「師団長」(秋山の著書には氏名が明記されていないが、場所・時期からして、第七師団長宇都宮太郎陸軍中将であると思われる)が大饗の監督責任官すなわち秋山の上司である大膳頭福羽逸人の知人であったため、その協力を得て師団の兵士らを動員して、必要数を満たす支笏湖産の4000匹のザリガニを生きたまま確保する事が出来た。


4000匹のザリガニは8月に日光に運ばれ、日光御用邸付近の大谷川に生簀が作られて飼育された。当時大正天皇が避暑中で同地に滞在しており、秋山らも供奉で御用邸に滞在していたためと、日光の気候および清冽な水環境がニホンザリガニの飼育に適していると判断されたと推測できる。このうち2000匹が10月に京都に運ばれ、11月7日の御大礼の晩餐会にて使用された。詳しくは秋山の項目内の「大正天皇の御大礼とザリガニ騒動」を参照。


北海道庁が発行していた『北海殖民広報』に拠れば、翌年以降も複数回に渡って「日光」に支笏湖産のザリガニが送られており、また大沼産のものが「献上」された記録も残る。また、秋山が「ザリガニのポタージュ」を供したのはこれが初めてではなく、明治末の1910年にドイツ前全権大使をもてなす料理で既に提供されている。このため1910年には料理に使用できる鮮度、すなわち生きた状態で宮中に運ばれていたと推測される。


前出の4000匹の内、2000匹が京都で御大典の際に調理され、残る個体の内1000匹は、天皇が東京へ無事戻った際の晩餐で調理された。さらに残った1000匹が中禅寺湖に放たれた、と記録されている。また上述のように、その後も何度もザリガニが送られているが、その全てが調理されたわけではない、と推測することもできる。御用邸にはその後、調理場付近に「ザリガニ囲い」と呼ばれる施設が作られ、清涼な水が引かれた同施設内でザリガニは養育された。ここから個体が脱走、もしくは成体や卵が流出したことも考えられる。現在でも大谷川水系周辺にはニホンザリガニが生息している。 

大正天皇即位にともなう晩餐会は京都で開かれたので、その料理のためのザリガニは支笏湖で獲られて日光に送られ、それがさらに京都に送られたわけです。当時の輸送力や保存設備を考えると途方もないエネルギーを掛けています。さて秋山徳蔵が心引かれたヨーロッパザリガニですが、私はフランス滞在時一度だけ食べました。フランス語でecrevisse(エクルヴィス)と言います。マルシェで生きたのを売っていたことが一度だけあって、かねて聞くこの味を試したかったからです。フランス産ではなくユーゴスラヴィアかどこかの東欧産だったのは憶えています。塩茹でして早速いただきましたが、胴部の甲羅が大きく可食部は尾だけで意外と少なかったです。頭というか胴をいただかなかったのは寄生虫が居たからです。糸状の寄生虫で無論茹でられて死んでいますが、味わいたくない。肝腎の味ですが、エビとカニの中間のいわゆるザリガニ味でした。雑味がなく澄んだ味ですがあまり甘味はなかったですね。秋山徳蔵はフランスでの修行中に食べた経験ありと思いますが、おそらくビスクのようなスープ仕立てと想像します。


 冒頭の「大饗」レシピ再現は、ちょうどこの頃放映されたテレビドラマ「天皇の料理番」で戦前の宮内庁大膳職だった秋山徳蔵が話題になったことを受けての製作です。出ているスープは明らかにビスクの色合いで、オレンジ色をしています。この時の日経記事から引用します。

「天皇の料理番 秋山徳蔵 メニューカード・コレクション展」2016年3月11日まで

2015.12.01 


公益財団法人味の素食の文化センター(東京・港区)では現在、「天皇の料理番 秋山徳蔵 メニューカード・コレクション展」を開催中。

〜中略

中でも圧巻なのが、大正4年に行われた大正天皇即位の「大礼」の響宴を再現したテーブル(レプリカ)。秋山氏は大礼を一世一代の大仕事と捉え、「滅多に味わえぬ珍味を一品はつけたい」との思いで徹夜を繰り返し、1カ月かけて渾身のメニューをつくり上げました。コース全体の良し悪しを決定づけるスープ2品目を「ザリガニのポタージュ」とし、これが舌の肥えた賓客の心をつかみ取ったと伝えられています

なるほど、相当に美味だったようです。ニホンザリガニが特別に美味なのか、あるいは私がパリで食べたザリガニは長旅で疲れてしまっていたせいか、なんともわかりません。残念ながら、ニホンザリガニの流通は現在禁止されてしまっています。ニホンザリガニの食味は、GoogleAIさんによると以下です。

ニホンザリガニは日本固有のザリガニで、かつては食用とされましたが、現在は絶滅危惧種(特定第二種国内希少野生動植物種)に指定されているため、捕獲や売買は禁止されています。食味については、エビに似た淡泊な身とカニのような味の大きな爪を持ち、ほろ苦い味噌も楽しめます。ただし、ニホンザリガニ自体が希少であるため、流通しているウチダザリガニ(レイクロブスター)やアメリカザリガニが代用品や研究目的で食用にされることが多いです。


食味の特徴

・身(肉):

    エビのような淡泊な味わいで、クセが少なく、クセのない味噌汁に仕上がると言われています。

・ 爪:

    大きな爪はカニに似た味があり、カニのような食感が楽しめます。

・味噌(ミソ):

ほろ苦いザリガニの味噌も特徴的で、一緒に味わうと美味しいとされます。

前出の「北洋水族館」によると、大正天皇はこの大饗で出たザリガニのポタージュをことのほか気に入ったようです。これを知った昭和天皇は自分が即位した後の北海道訪問(1935年の陸軍大演習)で、ザリガニのポタージュを所望しました(第二次大戦前の昭和初期)。そのニホンザリガニ獲りのために支笏湖から流れる千歳川流域に変電所長たちが駆り出されたそうですが、ヒグマが出る地帯で大変だったそうです。捕獲したニホンザリガニは清浄な池で養育し、取り扱う時は手指を消毒して白衣を着たそうです。大変苦労したニホンザリガニはニジマスと一緒に出したそうですが、昭和天皇はその味に満足されたかどうか知りたいところです。ウチダザリガニについては、別の校で触れたいと思います。

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