北川進氏ノーベル化学賞 〜ノーベル賞東大vs京大は京大の圧勝
今年の日本人ノーベル賞受賞は生理学医学賞の坂口志文氏お一人かと思いましたが、化学賞で北川進氏も受賞となりました。受賞理由の「有機金属構造体」は初耳です。受験化学でよく出て来たヘキサシアニド鉄イオン化合物(合成染料のベルリン青)みたいなものかと思って、GoogleAIさんに訊くと、
ベルリン青( Prussian blue)は、鉄のシアノ錯体として最初に発見された顔料です。中心金属として鉄イオン(Fe²⁺とFe³⁺)が配位子であるシアン化物イオン(CN⁻)と結合した錯体化合物です。有機化学で扱う「有機化合物」の定義は、通常、炭素と水素の直接結合(C-H結合)を含む化合物ですが、ベルリン青にはこの結合が存在しません。このため、無機錯体と分類されます。
だそうです(回答の元文がおかしかったので若干改編)。ええ?炭化水素の骨格がないと有機分子と言えないのか?ちと疑念が残るが、まあ措きましょう。三井金属のサイトから「有機金属構造体」の説明を引用します。
MOF(有機金属構造体)は1997年に発表された、均一な微細孔と高い比表面積などを特徴とする多孔性物質です。金属イオンと有機配位子を材料とし、連続的に二次元構造や三次元構造を形成します。自由に設計できることから、「分離」「貯蔵」「吸着」「変換」といった様々な機能を発揮します。現在、実用化の範囲はまだ限られていますが、今後は活用の幅が広がると期待されています。
そうか、1997年に発表では、私は知らないわけだ。
「今回のテーマである、有機金属構造体(MOF: Metal-Organic Framework、以下MOF)とも呼ばれる多孔性配位高分子(PCP: Porous Coordination Polymer、以下PCP)について、まずは基本的なことからうかがいたいと思います。どのような物質なのでしょうか。」
簡単に言えば、孔が開いた多孔性物質の一つです。
多孔性物質というと、古代エジプト時代から使われてきた活性炭があります。その後、18世紀に天然のゼオライトが発見された後、人工的に作られるようになりました。
そして、1997年に京都大学の北川進先生によって発表された、無機物と有機物のハイブリッドな材料で、均一な微細孔と高い比表面積が特徴であるものが「MOF」または「PCP」と呼ばれています。金属と有機化合物が規則性を持ち、連続的に二次元構造や三次元構造を形成して、ナノレベルで制御された多孔性を有する物質の総称です。
MOFというと、古い私はどうしても「MOF担」を思い出してしまう。こちらは1990年代大蔵省(Ministry of Finance)担当の銀行関係者のことで、「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待で世に東大法学部卒者のバカさ加減を知らしめた下品な事件でした。
閑話休題。MOFの生成は自己組織化のようです。ウイルス粒子の形成みたいで、これはなかなかおもしろい。
こういう構造、安定性があるのか?と思って調べると、意外に堅固なようです。
植村 卓史氏(東京大学)の総説論文から引用します。
熱的・化学的安定性
MOF においては、金属イオンと有機配位子との間の配位結合により、構造が組みあがっている。一般的に配位結合は水素結合や分子間力よりは強いが、共有結合よりは弱いと考えられているため、MOF の安定性もその結合力に依存するところが大きい。MOF の熱安定性に関しては、熱重量分析測定(TGA)で解析されることが一般的で、窒素雰囲気下において300 ℃程度までは安定なものが多い。この安定性はゼオライトに比べると低いが、水素結合性の細孔性ネットワーク材料に比べると高いことが分かる。
そして問題となる多孔質の性質。
多孔性物質の細孔はその大きさによってそれぞれマイクロ孔(~2nm)、メソ孔(2~50nm)、マクロ孔(~50nm)に分類されている 4)。マイクロ孔では、細孔のサイズが分子サイズに近いこともあり、吸着分子は壁面からの影響を強く受ける。したがって、分子が数個程度入りうるナノサイズの空間は、分子の貯蔵、分離、特異的配向、活性化など機能の宝庫となりうる。また、多孔性物質のもうひとつの特徴として、非常に大きな表面積を持つということが挙げられる。
この性質が、さまざまな気体分子の選別と大量吸着に関係します。金属はどうい種類が使えるのか調べると、AIGoogleさんによると
有機金属構造体(MOF)に使われる金属元素には、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)など多岐にわたり、目的とする機能や構造に合わせて選択されます。
と結構いろいろです。MOFは二酸化炭素の吸着が注目されてますが、他の気体分子はどうでしょうか。水素は非炭素型エネルギー源として注目されるけど、気体なので運搬しにくい。それに当然可燃性がある。でも僻地の風力発電とかで得たエネルギーの担体としては軽いし、すごく魅力的です。将来こういう化合物を使って、水素を安全に遠くまで運べたらすばらしいことです。
ここで北川先生の略歴でwikiから引きます。
1967年 京都市立成徳中学校卒業
1970年 京都市立塔南高等学校卒業[3][4]
1974年 京都大学工学部石油化学科卒業
1976年 京都大学大学院工学研究科修士課程修了
1979年
京都大学大学院工学研究科博士課程修了
近畿大学理工学部助手
1983年 近畿大学理工学部講師
1988年 近畿大学理工学部助教授
1992年 東京都立大学理学部教授
1998年 京都大学大学院工学研究科教授(合成・生物化学専攻)
2007年 京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長(工学研究科教授 兼任)
2013年 京都大学物質-細胞統合システム拠点拠点長(工学研究科教授 兼任)
2017年 京都大学物質-細胞統合システム拠点拠点長、特別教授
2024年 京都大学理事・副学長[3][5]
2025年 京都大学総合研究推進本部長[3][5]
北川先生卒業の京都市立塔南高等学校は統廃合で消滅しています。京大工学部の在籍学科石油化学科は、現在工業化学科です。高度成長が終焉を迎えるころの1970年代から公害問題が大きくクローズアップされ、工学部の化学関連は人気がなくなりました。それ以降現在に至るまで、京大工学部の中で石油化学科(現在は工業化学科)は偏差値が一番低めですが、京大には福井謙一先生がいました。
福井 謙一(ふくい けんいち、1918年〈大正7年〉10月4日 - 1998年〈平成10年〉1月9日)は、日本の化学者。工学博士。アジア人史上初のノーベル化学賞受賞者。奈良県生まれ大阪府西成郡玉出町(現在の大阪市西成区岸里)出身。
フロンティア軌道理論
1952年、フロンティア軌道理論 (frontier orbital theory) を発表[10]。これはフロンティア軌道と呼ばれる軌道の密度や位相によって分子の反応性が支配されていることを初めて明らかにしたもので、世界の化学界に衝撃を与えた。この業績により、1981年にノーベル化学賞を受賞[11]。また固有反応座標(Intrinsic Reaction Coordinate[12])の概念をより厳密に提唱した(ヘンリー・アイリングの「絶対反応速度論」に同様の概念が記載されている)。
フロンティア電子軌道論のHOMO、LUMOは、福井先生の受賞当時の紹介で「なるほど、これで今まで習ってきた化学反応のしやすさがこれで説明できる」と私は思いました。北川先生はこの福井研につながる研究者です。読売新聞から引きます。
ノーベル化学賞でまた栄誉、「福井一門」の輝かしい足跡…北川進さん「世界を見据えた研究に挑めと言われた」
2025/10/09 09:16
福井謙一氏がしたためた「智自在」の書を手に持つ北川進さん(2017年5月、京都市左京区の京都大で)
ノーベル化学賞の受賞が決まった京都大特別教授の北川進さん(74)は、日本初のノーベル化学賞に輝いた福井謙一氏(1918~98年)の孫弟子として、京大の学生時代に指導を受けた。福井氏の下には優秀な人材が集い、「福井一門」とも呼ばれた。2019年、ノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰さん(77)も福井氏の孫弟子だ。日本が誇る化学研究の系譜がまた一つ、輝かしい足跡を残した。
自由な発想、体系的思考
「学問を究めた殿様という感じ。世界を見据えた研究に挑めと言われ、非常に影響を受けた」。北川さんは懐かしそうに、福井氏から受けた薫陶の日々を振り返る。
福井氏にしたためてもらった「智自在」という書は、宝物として大切にしている。「自由な発想のもとに色々考えたり、サイエンスをやるのを楽しんだりと、そういうことを3文字で言ったのだと思う」と話す。
京大では1979年までの約6年間、福井氏の一番弟子の米沢貞次郎氏(1923~2008年)に師事した。毎週土曜に、福井、米沢両氏が合同で開いていた研究会で、福井氏は「コンセプト(基本概念)を出しなさい」と、弟子たちに物事の本質をつかむように助言し続けたという。
「若い人が常に世界を見て 切磋琢磨 していた。非常に高いレベルのグループにいて、プライドを植え付けられ、財産になった」と振り返る。
北川さんは大学院を出た後、異分野の研究に取り組んだが、福井氏に学んだ理論的、体系的な考え方や本質を捉える手法は今も生きているという。
坂口志文氏のノーベル賞受賞といい、京都大学にはノーベル賞を獲得できるような独創的研究を育む土壌があると感じます。今回のお二人の受賞までの京大関係者の受賞歴が産経新聞に出ていました。
日本人初のノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士に始まり、京大は連綿と続いております。ノーベル賞で学問的に意味があるのは、自然科学系の生理学医学、物理、化学の3つです。大学ごとにこのノーベル3賞獲得の比較は2021年のアエラでは以下となっています。
■ノーベル賞学者の出身大学(学部)
(1)京都大 8人
(2)東京大 6人
(3)名古屋大 3人
1人=北海道大、東北大、埼玉大、東京工業大、山梨大、神戸大、徳島大、長崎大
※帝国大学など旧制を含む
■ノーベル賞学者の出身大学(大学院研究科)
(1)京都大 5人
(2)東京大 4人
(3)名古屋大 3人
1人=北海道大、東京工業大、東京理科大、大阪市立大、徳島大
そこに今回の二人の京大卒業者が加わるので、京大は10人となりました。一段と東大に差をつけ、圧勝といっていいでしょう。僕がそう思うのは、この2大学の財政規模の違いです。東洋経済が2017年発表した結果が以下の図です。
東大は資産では京大の2倍強、経常収益でも1.4倍と大きく水をあけています。この財務には無論理系だけでなく文系も含みますが、金がかかるのは何と言っても理系です。ここまで優位な財務の東大が京大に勝てない理由はなになのか?非常に興味深い問題です。東大はこれほどの研究資金を確保しているけれど、研究内容の革新性が京大より低いということでしょうか。東大に残る研究者の多くは無論賢いのだけど、物知りというか知識過多であまり踏み外した思考に進むひとが少ないと私は感じます。要するに「お行儀がいい」のです。ノーベル賞受賞者に中高一貫校出身者が少ないこととも通底する印象があります。独創的な研究はばくちみたいなものです。成功でなく、大外れの研究の方が遙かに多い。そうなると「尾羽打ち枯らす結果」となり、路頭に迷います。東大に行くひとは大成功でなく「そこそこの成功」で手堅くやるのが、賢い人生と思ってる節があります。たとえて言うと、京大の研究者は「博打好きの極道者で、ヘタすると大ばくちで破産し一家離散となるタイプ」でしょうかね。家族からしたら「おとーさん、やめて!それだけはやめて!そんなことしたら一家みんな死んじゃう!」ですかね?しかし、坂口志文先生、北川進先生ともご自分を振り返って苦難の道を耐えて今日を得たことを述べています。特に北川先生が語った以下のエピソードは、自分自身にも学会でのほろ苦い思い出があり、深く同感します。
1997年にMOFを論文発表した後、米国であった会議で研究成果を全否定された。「空調のない暑い部屋でダメだと言われ、たたかれて、涙か汗か分からない、そんな経験をした」と振り返る。それでも確信が揺らぐことはなく、共同研究者らとデータを積み上げてきた。
自身の経験を踏まえて、若い世代に「チャンスは祈るものではなく、自分でつくりあげるもの」とエールを送り、周りの人と協力しながら成し遂げる大切さを説いた。
大学受験の模試偏差値を見るかぎり、東大と京大は国内2大トップといっても、京大は東大に水をあけられています。しかも、それはつい最近に限った話ではなく、少なくとも1970年代以降ずっとそうなのです。今回のノーベル賞受賞者の受験時代も当然入っています。また国内の大学で最難関はなんといっても東京大学理科三類ですが、そこの入学者が卒業する東大医学部は帝国大学時代からを含めてノーベル賞受賞はゼロです。私がみるところ、現在も今のところ受賞しそうな研究者はいません。学歴信仰はどこの国でも多かれ少なかれ見られます。しかし、日本は大学受験の選別に価値を置きすぎており、しかも単発の学科試験の優劣ばかりに関心がいきます。いい加減そういう狭小な価値観から脱却すべきだと思います。
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