留置場の弁当が原因で「脚気」　〜すぐ診断できてよかった
栄養学を拓いた巨人たち　〜栄養学・医学の学生に読んでほしい

この前のNHK「ファミリーヒストリー」の草刈正雄さん編、実は途中で寝てしまい、最後まで見られませんでした。「草刈正雄の父は朝鮮戦争で死んだ」というのはあちこちに書かれていて、しかも本人の弁だったから何も疑ってませんでした。しかし実は生きていて、しかもドイツ（当時の西ドイツ）で出会ったドイツ女性と結婚して、アメリカに戻っていたという話は、草刈さん本人にとって衝撃だったでしょう。しかも2013年まで生きていたとは！草刈正雄さんがノースカロライナに渡って、父ロバート・H・トーラー（Robert Hunter Tolar）の親族たちと会った話の部分は特別編として別途放映されるらしいので、その時じっくり観たいと思います。

　父のTolar家は代々軍人が多く、しかも南北戦争では南軍の兵士として闘ったということでした。Tolarは調べましたが、かなり珍しい姓のようで起源がなかなかよくわかりません。しかしネット上の断片的な記載からチェコからスロベニアあたりの中部ヨーロッパの家系のようで、言葉としての起源は現地で15世紀頃から流通したターラー（Thaler）銀貨から来ているようです。草刈正雄の先祖であるTolar家がどういう切っ掛けでアメリカに移民したのかわかりませんが、裕福な家柄だったとは言えなさそうです。代々軍人が多いということは、農業が盛んなノースカロライナ州でありながら農家ではなかったということでしょう。私が気になるのは、草刈正雄さんからみて祖父に当たるゼブロン・ハンス・トーラー（Zebron Hans Tolar）が「ペラグラ」に罹り、それが切っ掛けかどうかわかりませんが息子Robertが生まれる3ヶ月前に銃で自殺してしまったことです。

　ペラグラ（Pellagra）。講義では扱いますが、まさかここで聞くとは思わなかった病名です。ナイアシン（ビタミンB3）の欠乏症で、語源はイタリア語でpelle（皮膚）+ agra（荒れた）です。ペラグラは光が当たる部位の皮膚の荒れた症状（日光過敏性皮膚炎）が特徴ですが、進行すると消化管症状（嘔吐・下痢）、中枢神経症状（錯乱・幻覚・意識障害）も起こり、死ぬこともあります。同じビタミン欠乏症の「脚気」（チアミン（サイアミン）：ビタミンB1不足）のように死亡率が高かったようです。なぜイタリア語源かというとこの病気がイタリアに多かったせいで、その原因は「ポレンタ」です。ポレンタはトウモロコシを轢いてつくった黄色いおかゆで、当時は貧しい農民の主食でした。今でこそイタリア料理店に行くと前菜付け合わせでポレンタが出たりしてオシャレに感じますが、昔はそうじゃなかったのです。トウモロコシでは必須アミノ酸のひとつトリプトファンが吸収しにくい型で存在しており、長期に渡って食べ続けるとトリプトファン不足からその代謝産物であるナイアシン不足に陥るのです。トリプトファンは肉や乳製品にもたくさん含まれているので、そういう食材を摂っていれば不足にはなりません。そういう食材を摂れない貧困層に多発する病気なのです。wikiの記載によると、アメリカでも20世紀初頭だと20万人くらいがペラグラを発症し、その半分は死亡したとなっていて、びっくりしました。1926年にはアメリカの栄養学研究者ゴールドバーガーがペラグラをナイアシン不足による代謝障害と明らかにしたのですが、一般国民にその理解が浸透するまで時間がかかったでしょう。ゼブロン・ハンス・トーラーが自殺したのは1930年と考えられるので、おそらくそういう病気と知らなかったのでないでしょうか。しかしそれにしても肉も乳製品も摂らないとなると偏食でなかった限り、かなり貧困な家庭と思われます。またナイアシン不足に陥る原因のもう一つは、「過度の飲酒」です。つまりアルコール依存症患者にも多い病気で、しかもアルコール依存症はうつ病との関係も深いです。ゼブロンが自殺したことを考えると、Tolar家には食生活の問題と、その背景となる収入など家庭問題があったのでないかと推測されます。

　Tolar家はゼブロンの死後相当貧しい生活で苦労したようです。Robertが再度軍人として西ドイツに出てから後に来た草刈正雄の母親、草刈スエ子の渡米希望の願いには応えられなかったのでしょう。あとその理由としてやはり考えてしまうのは、アメリカ南部の人種偏見です。南北戦争が終わったといっても黒人に対する迫害や差別、リンチ殺人は日常的に起こっており、アジア人といえども有色人種である以上そういう差別から免れなかっただろうと思います。特に貧しい白人層ほど黒人に対する憎悪が激しく、有名な白人優位人種差別団体のKKK（クー・クラックス・クラン： Ku Klux Klan）が貧困白人層によって形成されたのは有名な話です。今度放映される予定の番組で、Tolar家がどういう立ち位置だったのかその詳細がわかるのでしょうか。