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大学教養課程はムダなのか 〜医学部の場合

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 理系、特に医学部に関して言えば教養教育で重要な意味がある科目があり、それは「実験」です。我々の頃は高校時代も理科での実験はそれなりにありましたが、医学部の教養課程に入ると物理学・化学・生物学の実験は時間も長く、重視されていました。特に印象が残るのは物理学と化学の実験です。また実験データを取り扱う統計学については、教養課程で徹底的に学びました。これは臨床医学の研究でも、というかデータをとるなら何の研究でも必要不可欠な素養です。


 さて実験に戻って化学から言うと、高校から大学にかけて習った有機化学を実験で一通りおさらいしました。紙上の議論と実際見る反応では全然違います。緩衝液は医学全般に大事な概念ですが、無機化学の実験で徹底的にその平衡理論の意味を理解しました。


 物理学も思い出深いです。物理学実験では東工大の学生と同じ物理学実験の教科書を用いました。今でも印象に残っているのは電子の電荷の測定実験です。「ミリカンの油滴実験」ですが、私は教科書通りの測定法に飽き足りませんでした。というのはこの実験はうまくいかないというのが先輩から代々言い伝えられている話だったからです。そこで私は油滴の電荷を測定し、大きい方から小さい方に順に並べ不連続となる点を調べようと思いました。電子は量子ですから必ず飛び飛びになる点があるはずだからです。しかし結論から言うと失敗でした。大から小になめらかに減少するだけで、どこにも不連続点が出ませんでした。ですが、指導してくれた助教授には「良い着眼である」と褒められました。ずっと後年になってから、実はミリカン自身が電子電荷測定で「都合が良いデータを選んでいた」と知りました。要するに研究不正ですが、あの程度の実験設備では精度が悪くてばらつきが大きすぎたのでしょう。こういう自然科学の実験の初歩の問題についても学んだのが、教養時代でした。


 医学部に入るとわかりますが、実験をおこなう機会が他の理系学部とくらべてかなり少ないのです。教養課程が終わると、専門課程で本格的な実験実習は生理学、生化学、薬理学までです。あとの実習は医療の専門手技を学ぶ臨床実習で、実験ではないのです。今の医学部では教養課程もまた上記の基礎医学も大幅に圧縮されているので、我々の時代のような理系研究者としての実験研究の素養が身についてないのでないかと危惧します。それですと医者にはなれても医学者にはなれません。病院で医者として働く限りは問題ないのですが、世界をリードする医学者を育てるには、今の医学部教育は絶対的に不足しています。この辺がきちんと理解できているのは、医学部でも上位10%未満の大学だけだと思います。「医学部は専門教育の4年間で十分」とかいう発言を医師向けサイトの掲示板で読むと、「あんたらみたいな志が低い医者達と同じ医者扱いされたくないな」と心底思います。


 こうなってしまった原因として、アメリカの臨床研修受け入れ資格が大幅に変更されたことが大きいです。まさに現代の「目に見えない黒船の来航」ですが、このことがきちんとわかっているひとは医者の中でもかなり少ないと思っています。