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医学部の修業年限 〜そこまで言うなら戦前のように2種に分けてはどうか?

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医師向けのサイトで、私にとってとても興味深いアンケート結果が表示されていました。「医学部の6年制度についてどう思うか」です。「ちょうどいい」「短くすべき」「長くすべき」の3択で、回答者の8割前後が「ちょうどいい」でした。ところが医師の年代別にみると、若年層ほど「短くすべき」が多いのです。「短くすべき」をもっとも多く選んでいたのは20代層で、なんと2割強が選んでいます。逆にもっとも「短くすべき」を選ぶのが少なかったのは70代以上で、2.5%でした。多くは現状の修業年限数を望んでいますが、「短くすべき」の率は高齢層から若い年代層の順できれいに増加傾向を示していました。


 私自身がどういう意見かというと、「修業年限を長くすべき」です。以前に戦後の医学教育改革で、GHQがアメリカ式の8年制高等教育が頓挫した経緯を述べました(4年間の学部教育のあと、大学院としてのメディカルスクールで4年間の医学教育)。今となるとこの時の失敗は、現在の日本の医学教育に暗い影を投げかけていると感じています。それなのにいったいなぜ修業年限をさらに短くした方が良いと思っているのか、とても興味を持ちました。「短くすべき」と回答した医師の自由記載は、大きく3つの考え方に分かれています。


1番目は
「必要とする学生に十分な財政的な支援が検討されることを前提として、学部を卒業してから医学部(メディカルスクール)に入学するシステムにすれば4年で良いと思う。(40代)」
アメリカ式の大学院制度を考えています。
2番目は
「実習期間は研修医としても問題なさそう。(30代)」 
「2年間の初期研修が必修になったのだから臨床実習の期間は思い切って無くしてしまえばいいのでは。(30代)」
「年間の初期研修が必修になったのだから臨床実習の期間は思い切って無くしてしまえばいいのでは。(30代)」
は、医学専門教育で学生である必要性は絶対ではないという考えと取ります。
3番目は
「無駄な時間が2年ほどあった。(30代)」
「全てとは思わないが、日本に限れば他国語を学ぶのは必須でないし、日常診療において不要な事項も多いため。(30代)」
は、医学部での教養課教育は不要という考え方です。


 1番目は私と同じ考え方です。2番目も内実を考えるならそれもありかなと思います。問題は3番目です。これは要するに「医師になるのに専門教育だけで十分で教養は無駄。2年近く教養教育を受けるとその分年取ってしまい、医師キャリアが短くなってしまうから不利」ということです。このアンケート調査は今年7月におこなわれていますが、回答総数は1000人少しと多くない印象です。ですからアンケート結果に片寄りがあるかもしれません。そのため、このアンケート結果についての掲示板も参照してみました。


 しかし何故かAIの話題に集中しており変です。AIを使いこなすことは、今後の医学で特に診断に関する方面で必須となるのは間違いありません。その意味でAIを含めた情報科学の教育強化は、医学教育できわめて重要です。ですが医学教育の6年制とは直接関係ないなと思ったら、この掲示板は直接には「AIを使いこなす医師が生き残る」というアンケート調査とリンクしていました。しかし、中には6年制教育についての意見が混じって見られました。それらを拾っていくと、


・医学には文系の素養も必要だと思います。教養の2年は必要だと思います。
・無駄な時間が2年ほどあった...確かにあった。それが一般社会と触れ合う良い機会になったけどむしろ今の守られすぎた2年の研修医は学生に組み込んだら良い
・私は卒後、41年(1982年卒)です。以下の教養時代の科目は、私には全く仕事の役に立ちませんでした。数学、経済学、倫理社会、物理、ドイツ語、フランス語。これらは必修ではなく選択科目とするべきです。医学生の貴重な時間が講義・試験勉強に大量に無駄に費やされており、極めて有害なカリキュラムです。英語は、診察室でネイティブ・スピーカーと一対一で会話する訓練、英語の論文を読む訓練をするべきであり、文学作品を授業で取り扱うのは全くの時間の無駄です。英文学は高校卒業までに学習しているはずです。
・6年不要ですね。もっと濃く組めば4年で十分。
・教養教育(あるいはリベラルアーツ)目的で6年間は必要でしょう。国試目的の6年間では無いはず。
・ 無駄な時間が2年とは、他分野の厚みの認識(教養)の欠如が ほとばしり出ていますな。
・若手は浅はか。アメリカ方式になったら、たいへんですよ。他学部で学位取ってからメディカルスクールです。教養を身につけるため。専門医はもっと厳しい。研修医で雇用されるのも選抜が厳しい。日本の医学教育は、実は世界的に見れば楽な方なんでは?
・机上の学問だけが勉強じゃない貴重な6年間、白い塔に籠るなんてナンセンス。学外の勉強が如何に大事か!
・自治医科大学がつくられる時、自治医科高等専門学校にしようと言った人達がいました。日本医師会の反対で大学になりました。医師会は武見太郎先生が会長の時は、強力に医師の立場を守る団体でした。若い人は知りませんね。


 多くは医学教育におけるliberal arts and sciencesの重要性を認識していると思います。というのは「今の医学は完成型ではない」からです。医学は日進月歩で他分野の研究を取り込んで常に変わっていきます。特に最近は上記のようにAIなど情報科学の発展でその進歩の度合いが激しさを増しています。医学以外の広範な学問にもある程度通じてないと、先端的な医学についていくのは困難です。


 しかし、「教養教育は無駄」という意見も少なからずあります。さすがに
数学、経済学、倫理社会、物理、ドイツ語、フランス語。これらは必修ではなく選択科目とするべきです。医学生の貴重な時間が講義・試験勉強に大量に無駄に費やされており、極めて有害なカリキュラムです。
には、腰を抜かしました。そうか、私より上の年代の医師でもそういう捉え方をする先生がいるんだ。欧米に留学すればわかりますが、英語はもちろん、もう一つの別な外国語くらい話せるドクターはかなり多いし、パーティとかでは歴史とか経済の話題もかなり出ますよ。そういうことは自分と関係ないと割り切れるならそれで結構ですが、留学時周囲とコミュニケーションをとるのは難しくなります。実際そういう日本人留学者も見ました。


 私としては、「修業年限を6年より短くすべき」と答えた率が特に多い20代、30代の医師たちがどう考えた結果なのか知りたいです。もしもですが上記の60代医師と同じように考える人が多いなら、医学教育に関して2種類に分けてはどうでしょうか?1つは8年制教育で、教養相当の学部教育を今より強化するアメリカ型の医学教育に準拠する。もうひとつは4年制教育で教養課程なしで、専門教育オンリーにする。いずれも同じ国家試験を受けて合格すれば、同じ資格の医師免許を与えるとすることです。


 この制度は第二次世界大戦敗戦までの、旧制度の高等教育による医学教育と同じ発想です。つまり帝国大学など旧制での大学医学部と、それ以外の医学専門学校に分けることです。戦前と同じなら8割くらいの医師は後者の出身になるでしょう。しかし、それでいいのでないでしょうか?事実上後者は以前述べたアメリカのUSMLEを受けられませんが、日本で医師を続けることには何の支障もありません。寧ろUSMLEを目指すことなど、上記のコメントの通り全くの時間の無駄です。以前と違って医学部に限らず海外留学経験がない理科系大学出身者は相当増えています。私自身はたとえ研究環境が同程度であったとしても、海外に出て異なる文化の研究者と出会うことは重要な経験だと思っています。しかしそれを全員に要求するのは酷なことかもしれません。私は自分が医学部を卒業した時、医師資格を手にしたひとたちは何処の大学卒でも大体自分と同じ水準なのだろうとずっと思っていました。ところがこの年になってはっきり言えるのは、「出身大学によって医師の資質は相当異なる」ことです。今年間9千人以上生まれている新しい医師が、全員新しい医学の開拓をおこなえる能力とは到底思えません。しかし日常の臨床では高度な知識を駆使することばかりが優れた医師であるとは言えません。患者さんの訴えを深く理解し、すばやくそれに対処できる能力の方がはるかに重要です。上記の提案は合理的でないかと思います。