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卵アレルギー 〜致死事故を招きかねない日経記事1


小児食物アレルギーの原因頻度(千葉市立海浜病院掲載図から引用)



小児の食物アレルギーの原因として一番多い卵ですが、今回(2月24日)日経土曜版の「カラダづくり」の「卵アレルギー」の記事はいただけないものでした。このコラムは複数のライターが担当しており、説明が面倒な疾患も比較的手際よく整理されている印象です。今回書いた仲尾匡代(なかおまさよ)氏もいつもは手堅いですが、今回は手に余ったのでしょうか。一言でいうと、医療関係者でない一般読者に読ませるのは、無理がある内容だと感じました。


 まず卵アレルギーで最近増加しているという卵黄アレルギーのFPIESを取り上げています。私不勉強で、このFPIES(エフパイス)というアレルギーの存在を知りませんでした。食物たんぱく誘発胃腸症(Food Portein-Induced Enteroclotis Syndrome)の略称とのことですが、通常のI型アレルギーと異なりIgEが関与していません(日経の記載記事ではIgEの説明はすべて省かれているので、以下は私が説明補足しています)。症状の特徴はまず発症が遅延性で原因となる食物を摂取してから数時間後に起こる(IgEだと即時型で早ければ数分で発症する)。IgEが関与しないので、通常のアレルゲン検査でおこなう皮内抗原反応は陰性になってしまうとのことです。食物経口負荷試験が唯一のてがかりとなるようです。症状としては、激しい嘔吐などの消化器症状が中心で、重症化すると血圧低下でショックを起こすこともあると書かれています。FPIESについてNCBIで検索すると、1984年に最初の報告論文が見つかります。しかし、FPIESに関する論文が増加してくるのは2000年代に入ってからで、2020年代になって急増しています。和文論文でも記載が見えるのは2020年代に入ってからで、比較的最近確立した病態概念のようです。これは大変勉強になりました。


 しかし、FPIESの特徴が図示化されておらず、わかりにくいです。朝日新聞のまったく別な記事に良い図があったので、引用します。これだと、従来のI型アレルギーとの違いがはっきりわかります。下の図で左側の「一般的な卵アレルギー」がI型アレルギーに該当し、右側がFPIESです。


 厚労省外郭団体の「難病情報センター」サイトの新生児FPIES(N-FPIES)に関する記載です。

新生児、乳児食物蛋白誘発胃腸炎(平成22年度)


本症(新生児、乳児食物蛋白誘発胃腸炎(N-FPIES))は、これま でほとんど知られることがなく、医学教育、専門書においても触れられることはなかったが、1995年ころから症例報告が急激に増加ししつつあり、問題と なっている。牛乳由来ミルク、米、大豆、小麦などの特定の食物蛋白を摂取して消化管炎症を起こす疾患である。摂取開始して数週間後に発症する場合もあり、 食物が原因であるとは気付かれにくい。よく知られている食物による即時型アレルギーとは違い、特異的IgE抗体の関与はなく、診断に寄与しない。急性期の 確定診断法がないため、診断は困難を極め、治療開始が遅れるなどして重大な合併症を引き起こす場合がある。


欧米には消化管における同様の疾患として、新生児-乳児期においては、Food protein induced enterocolitis(FPIES)とFood protein induced proctocolitis (FPIPもしくはAC)がある。しかしN-FPIESとこれらの間には明確な差があることが判明し、かつ欧米においてFPIESはまれな疾患である。増 加しつつあるN-FPIESについてはあらたな疾患概念構築が求められている。
本症の現時点での最良の診断治療指針を広く公開する必要とともに、急性期の確定的な診断法の開発、わが国に特有であるN-FPIESの疾患概念確立が急がれる。


 日経新聞の「カラダづくり」に再び戻りますが、このFPIESの記載以降が迷走します。小児の卵アレルギーは授乳させる母親の卵摂取と関係しないこととか、出産後3日間母乳摂取のみにすると食物アレルギーを有意に低下させるといった紹介はいいのですが、それが従来のI型の食物アレルギーのことなのかそれともここで紹介されたFPIESのことなのか、はっきりしません。その次にアレルギー診断の方法として、問診のみだった時代から血液反応・皮内反応をおこなう時代、そして食物経口負荷試験も保険適用となった現在までがざっと触れられています。しかし、上記したようにFPIESだと皮内反応陰性で食物経口負荷試験で初めて陽性となるケースも多いことは触れられていません。色々な話を盛り込みすぎて、一般読者は混乱します


 コラム「カラダづくり」最後に、卵アレルギーの小児に対しては、現在は学童期まで摂取を控えるのではなく、できるだけ早く負荷試験をおこなって食べられるかどうかを確認するようになったと書かれています。小学校入学までに6割のこどもで、アレルギーが解消していると述べています。最近の臨床研究として、アレルギーがある子供に対して少量の卵摂取をおこなわせ、耐性を早期に獲得させる免疫療法(*減感作療法という)をおこなう医療機関があることを紹介しています。卵アレルギーで大人になっても食べないひとや、成人してから卵アレルギーを自覚して食べないひとは、事故判断をせず、医療機関受診を勧めています。次のブログで詳しく述べますが、ここの記載の考察は次のブログで述べますが、一般読者に混乱を与え、かつ致死事故を誘発させかねない内容で、非常に憂慮します


 その前に私が気づいたことが幾つかありました。自分でもうかつだったと思ったのは、食物アレルギーで一番多い原因の卵で、死に至る可能性もあるアナフィラキシーと呼ばれる重度のI型アレルギー反応がどの程度起こるのか知りませんでした。


 調べますと、卵は食物によるアナフィラキシーの原因としても、もっとも多いです。


しかし、アナフィラキシーからさらに死亡に至った事例は、下のグラフのように食物全体でもそれほど多くないようです。死亡例が多いのは、ハチ刺されによるアナフィラキシーです。薬物は色々な種類があって下図はその総数ですが、画像撮影で使う造影剤と抗生物質が多いことは知られています。


別な報告で具体的死亡例数が出ていました。

そのようなわけで死亡にいたった食物アレルギーは、薬剤やハチ毒とくらべてかなり少ないですが、あることはあります。この死亡に至った食物が原因のアナフィラキシーですが、見つけられた範囲では、以下の事例報告がありました。
ソバ
乳製品(チーズなど)



では、卵はどうなのか?和文検索では見つかりませんでしたが、英文論文だと卵アレルギーによる死亡事例は出て来ます。いずれもI型アレルギーによるアナフィラキシーで起こっています。和文では見つからないと申しましたが、一件気になるニュースがありました。2015年3月の神奈川新聞の報道です。

児相の男児アレルギー死 両親敗訴が確定


横浜地裁

死亡

児童相談所


社会 | 神奈川新聞 | 2015年3月28日(土) 03:00


 横浜市の児童相談所が3歳の男児にアレルギー物質を含む食事を与えて死亡させたとして、両親が市などに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は27日までに両親側の上告を退ける決定をし、原告敗訴が確定した。決定は25日付。


 二審東京高裁判決によると、男児は2006年、東京都内の病院に病気で入院し、病院側が「両親が栄養を与えない虐待の疑いがある」と児相に通報。一時保護した児相は男児に卵を含んだちくわを誤って食べさせ、食事から約7時間後に亡くなった


 一審横浜地裁は、アレルギー反応によるアナフィラキシーショックが死因だとし、市の過失を認め約5千万円の支払いを命令。しかし二審東京高裁は「食事から数時間は発症がなかった」と、死亡との因果関係を否定し請求を棄却した。


●市の対応認められた


 鯉渕信也こども青少年局長は「市の対応が適正なものだったと認められたと考えております。亡くなられたお子さまのご冥福を心よりお祈りします」とコメントした。


この事例は「アレルギーによる死ではない」と結論づけられていますが、その根拠は発症時間です。非常にわずかな記載なので、あまり踏み込んだことは言えませんが、少なくともI型アレルギーによるショック死は私がみても考えにくいです。しかし、FPIESによるショック死だったとすれば、時間的には寧ろ合致します


 では今度は、FPIESによる死亡事例はあるのか?です。これがまたなかなかよくわかりません。先ほどの「難病情報センター」の記載には以下のように書かれています。

4. 症状


嘔吐、下痢、血便、イレウスなどの消化管症状が83%の患者に認められる。しかし17%は非特異的症状のみが長期に続き、診断は難しく手遅れとなりやすい。消化管穿孔、ショック、成長発達障害なども少なくない。


5. 合併症


死亡例、壊死性腸炎、消化管破裂、消化管閉鎖、DICを起こした症例などが報告されてきた。このような不可逆的後遺症を残した例や死亡例が各都道府県数名ずつ存在している。

もしかすると、上の裁判事例は卵によるFPIESで死亡に至った可能性があるのかもしれません。もちろん、この事例の発症前や発症後の経過の詳細はまったくわからないので、軽率な事は言えないのですが。


 私の結論として
1 卵は食物アレルギーの原因として最も多い
2 卵は重度I型アレルギーのアナフィラキシーの原因としても最も多い
3 卵アレルギー(I型)で死亡した事例は多くはないが存在する
4 FPIES型の卵アレルギー死亡はあったかもしれない

となります。