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脳を食い荒らすアメーバ 〜Negleria fowleri

 「身近な寄生虫のはなし」 〜初学者向きです


今朝着いてネットニュースを読むと、

天然温泉で“脳を食うアメーバ”に感染! 致死率98%で2歳男児が死亡(米)

というニュースがありました。おそらくNegleria fowleriの感染だろうと思って読むと、やはりそう。

7/24(月) 5:00配信 

米ネバダ州ラスベガスの北、約160キロに位置する「アッシュ・スプリングス」は、誰でも気軽に楽しめる天然温泉として人気である。そんな砂漠のなかのオアシスで水遊びを楽しんだ2歳児が今月19日、「感染したらほぼ助からない」と言われる“脳を食うアメーバ”による感染症で死亡した。米ニュースメディア『Fox 5 Vegas』などが伝えた。

ネバダ州リンカーン郡に住むウッドロー・バンディ君(Woodrow Bundy、2)が19日、アメーバの一種「ネグレリア・フォーレリ(フォーラーネグレリアとも)」による感染症で死亡した。

ウッドロー君は亡くなる1週間前、同郡の天然温泉「アッシュ・スプリングス」で遊び、その後に頭痛や発熱などのインフルエンザにかかったような症状が出始めたという。温泉と言っても日本のように熱くはなく、生ぬるい天然のプールで子供が遊ぶには最適の場所だった。

 可愛い盛りの男の子の写真も載っていました。このアメーバ、大学の寄生虫学講義で一番最初の方で習いました。原虫類の寄生虫で、赤痢アメーバの次だったかな。
暖かい沼とかよどんだ川で泳ぐと、鼻から感染する。嗅神経経由で大脳に侵入し、感染したら助からない。
と教わりました。嗅神経は脳神経の中で、唯一大脳半球と直結しています。というか進化的に大脳は嗅神経から発生したと習った記憶があります。なぜこのアメーバが嗅神経に親和性があるのかわかりません。侵入後は急速に増殖するようで、嗅覚喪失から昏睡まで短時間で進行し、数週間以内にほぼ死亡します。


 アメリカでの感染そして死亡したニュースは、年1回くらいネットニュースにも流れています。主に子どもや若い人が多い印象かな。大学で教わった時「感染したら怖いな」と思いましたが、感染例は少ないと思います。wikiを見ると、

アメリカ合衆国では1962年から2015年8月までに134の感染例があり、内生存者は3人である

と出ています。沼や川ばかりでなく、住居での感染例があるのは知っていましたが、

2011年にルイジアナ州で男子大学生と50代女性が相次いで感染・死亡した。両者の家で得られるあらゆる水を徹底的に検査した結果、男子大学生の家では温水器など、50代女性の家では浴槽の排水溝などからアメーバを検出した。また、2人とも蓄膿症であり、それに伴う鼻づまりを改善するために「鼻洗浄器」を使用していたことが判明した。また、2人とも鼻洗浄器には蒸留水か殺菌処理された水を使用しなければならないのに水道水を使用していたうえ、鼻洗浄器の手入れも不十分なまま繰り返し使っていたことも判明した。これらのことから、保健所は「それぞれの家の温水器・浴槽内で増殖したアメーバが空中を漂い(あるいは、温水器→水道水→鼻洗浄器の経路)、手入れが不十分な鼻洗浄器内でも増殖して、それを使って鼻を洗浄した際に鼻腔からアメーバに感染したもの」と断定した。

と出ています。ネグレリアは特殊な環境にだけ棲むアメーバではなさそうです。日本みたいな温泉や温浴施設がやたら多い国だと感染症例が多いのでないかと普通思いますが、実は非常に少ないです。ネットで唯一見られる国内症例を転載します。久留米大学医学部 福間利英先生の報告抜粋です。

症例患者は25歳、女性(独身)、食品加工工場の事務員をしていた。住居も勤務先も鳥栖市にある。既往歴には特記すべきものはない。1996(平成8)年11月17日より熱があり、18日には会社を休んだ。19日38.3Cの発熱と頭痛があり、嘔気、嘔吐を伴った。近くの診療所で感冒との診断で投薬を受け帰宅した。翌20日体温が39.3Cに上昇し、頭痛と悪寒が一段と著明になったため、同じ診療所に観察のため入院し点滴を受けた。


21日早朝体温が再び39.3Cになり、意識混濁を来したので、髄膜炎の診断のもとに、久留米大学病院救命救急センターICUに搬入された。搬入時の体温は37.5C、呼吸、脈拍、血圧は正常範囲、瞳孔は両側縮瞳、昏眠状態で呼びかけに反応するが話はできなかった。頭部、胸部、腹部の単純X線検査上異常なし。頭部CT像は、高度な浮腫による脳室狭小化を示した。脳脊髄液は清明だが、血性で好中球多数、細胞数 1,500/mm3 、蛋白質 431mg/dl。病院病理部で沈渣にアメーバ様の細胞を指摘されたが治療は細菌性髄膜炎として続行された。


22日当教室に寄生虫学的検査依頼があり、病理部の標本に大型の細胞を認め、新鮮髄液中に室温でも偽足を出して活発に運動する多数のアメーバの栄養型を認めた。(原発性)アメーバ性髄膜脳炎と診断が確定するも、患者は脳波が平坦化し、脳死状態になった。以後、保存的治療が続行され、11月27日(第9病日)午前中に患者は死亡した。


病理解剖時脳は半球の形状を保てない程軟化していた。脳底部は特にひどく、嗅球や動脈輪が容易に識別できない状態であった。組織所見で中枢神経系にアメーバ栄養型を認めるが、他の組織には認めず。アメーバと脳組織の間には空隙が認められた。アメーバは血管周囲に集簇しているが出血像は認められていない。その他には腸管粘膜下層に膠原繊維の増生、脾腫大そして胸腺の残存が所見としてあげられる。


分離培養されたアメーバの栄養型は葉状、指状あるいは噴出型の偽足を出して活発に運動する。棘状の偽足は認めない。嚢子型はほぼ球形で薄く単層で明瞭な嚢子壁を有する。そして最大4本の鞭毛を有する鞭毛型が得られ、形態上N.fowleriと同定した。その他生育可能温度の上限が43~44C、マウスに経鼻的に感染し、致死的であり、感染マウスからアメーバが分離された。さらにPCR 法による検索によりN.fowleri 特異的な予想されるPCR 産物が得られた。臨床像も経過の進行が電撃的であるという特徴を示している。

脳底部の損傷が激しいのは、このアメーバが嗅神経から嗅球に入るせいでしょう。現時点では、脳内に侵入すると有効な治療法はないといっていいです。この症例の感染は11月に入ってからと推測できるので、沼や川で泳いだわけではないでしょう。鳥栖という土地を考えると温浴施設での感染も考えられるのかなと思いましたが、最後にこう記載されていました。謎ですね。

しかしながら、本症例では家族や友人から過去1月以内における海外渡航歴、野外や温水プールでの水浴、温泉入浴、24時間風呂使用等の感染機会に関わる事実は聴取できなかった。