gillespoire

日常考えたことを書きます

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

ヒトゲノム計画の虚と実 〜国策が演じる日本科学の衰退

日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか2(2)〜ヒトゲノム計画と分子生物学


この本の存在は随分前から知っていましたが(2000年刊行)、日本のゲノム計画に対する杉さんの批判を読んで読んでみることにしました。実は知り合いの間では発刊当初から読まれていたそうですが、実名を挙げての他の研究者批判が出ているとのことで、私は購入を躊躇しました。アマゾンなどの読後評価も参照しましたが、発刊から随分時が経ってからの評価にもかかわらず、まともに読んだ形跡がない人ばかりでした。


 さて読んでまず思ったのは、「ライターが清水信義氏に聞き取りをして仕上げた本」です。丁寧な構成をされているとは言い難く、一種の放言をそのまままとめたという印象です。今となってはゲノム研究がさらに進展しており、書かれている内容は「昔」の話と言えます。ただ、放言であるだけに当時のゲノム計画進行の実際についてよくわかるとも言えます。


 取り上げられている内容で、大きく2つの問題点を感じました。1つめは「だれがこの計画を日本で舵取りしたのか?」です。前も述べたようにゲノム解析の重要性を認識していたのは、日本では間違いなく清水氏です。アルツハイマーの原因遺伝子APPが21番染色体上にあることがわかったことからゲノム研究に入って来た榊佳之氏は、後発です。しかし榊氏が東大医化学研究所の教授就任や理化学研究所のリーダーに就くことで、1999年から日本のゲノム計画進行の中心になっていきます。その伏線は1987年から数年経って清水氏が推進してきた日本のゲノム計画が理研主導になった時、すでにあったといえます。清水氏ははっきり言っておりませんが、そういう先取権に対しての敬意が払われないことへの怒りを感じました。もう1つは「ゲノム計画の研究費配分の公平性」です。2000年の文部省と科学技術庁の合併による文部科学省の誕生で、ゲノム計画の推進体制は大きく変化しました。つまりそれまで国立大の研究は文部省が推進し、それ以外の大学そして理化学研究所は科学技術庁が推進するという棲み分けがありました。科学技術庁としては国立大に予算配分することができなかったのですが、その垣根が取り払われた結果科技庁配分の研究費も国立大、はっきりいえば東大に直接投入できるようになったのです。その結果清水氏が率いる慶應のゲノム計画推進は大きく割を食いました。1996年発足の科学研究費補助金 重点領域研究「ゲノムサイエンス」で4チームあったシークエンシングチームで、1つがまるで機能してなかったと批判しています。「慶應、理研、東海大の3チームは頑張った」と出ているので、残り1チームは榊氏率いる東大医科学研究所のヒトゲノム解析センターとなります。清水氏の榊氏に対する憤りが全体的に滲み出ていると感じます。


 読んで何とも複雑な気持ちになりました。榊佳之氏は学会などで見る限り、人当たりが良さそうな紳士です。そんなに悪いひとには見えません。また清水氏が持ち上げる松原謙一氏は、杉先生が「何もしてなかった人。DNAチップの会社をつくっただけ」とこき下ろしています。実際松原氏はHUGO副会長に就任したもののゲノム計画にあまり実質貢献をしてなかったのは、清水氏も本当は感じていたのないでしょうか?今検索して、松原氏は文化勲章を受章しているのを思い出しましたが、どういう学問的貢献が大だったのか杉先生でなくても思い出せません。しかし個々の研究者が悪いというより、支援に当たる文科省の見当外れの愚策の方が問題でないかと私は感じました。


 このゲノム計画だけに限らず、「国(=文科省)の東京大学に対しての異常な肩入れ」を私は感じます。確かに東大には優秀な研究者や学生が多いですが、そこに投入される国費が他の大学とくらべて突出しています。費用対効果を考えると、その投資にまったく見合ってないと思っているひとは相当多いのでないでしょうか。今文科省が推進しようとしている「国際卓越研究大学」も東大・京大・東北大の3校に絞られ、「この中から今秋1校か2校を選んで指定する」そうです。その原資となる10兆円規模の「大学ファンド」ですが、7月7日に「600億円以上の赤字計上」と出ています。本来「毎年3000億円の利益を出しそれで国際卓越研究大学を支援する」予定でした。まあ官営ファンドで成功したためしがないのにと金融関係がその設立最初から計画に呆れていましたが、案の定です。こうなると支援出来うるのは「1校」で、それは当然東大でしょうね。文科省が日本の科学衰退の元凶となる可能性はきわめて高いです。


ヒトゲノム計画の虚と実 清水信義著 ビジネス社 2000.11.21刊行