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新型コロナウイルス大分下火になったとはいえ、相変わらず普通の風邪とは違います。うちでも家内がこの前感染してしまい、発熱こそ数日で収まったものの、しつこい咳が10日以上続いております。私もそろそろ次のワクチン接種を受けないとなりません。


 さて杉先生は「なぜ日本は新型コロナウイルスのワクチン開発ができなかったのか?」を本書で論じています。ワクチンも含めた新薬の承認には、第一相・第二相・第三相の3つのフェーズ(段階)があります。特に第三相では大規模な集団での二重盲検をおこなう必要がありますが、厚労省の不作為のために国産ワクチンができなかったと批判しています。


 日本は過去のワクチン禍のために、ワクチン開発に極端に消極的であると感じます。歴史的にみると、まず天然痘に対するワクチンの種痘の問題がありました。皮膚にウイルス接種する方法ですが、これ結構強い炎症反応があります。私も種痘を受けた年齢ですが、上腕にその時にできた瘢痕がいまだにあります。1955年以降国内発生はなくなりましたが、海外では流行があるし、死亡率・伝染率とも高い怖い感染症です。そのためその後も種痘は継続されましたが、結果として副反応の脳炎で重度の後遺症が数百人規模で起こり、訴訟になりました。1980年代は定期接種だったインフルエンザワクチンの接種で起こる脳炎が問題になりました。その後三種混合でおたふく風邪ウイルス感染による髄膜炎が問題になりました。こうした背景があったため、2000年代になってから新しく開発された子宮頸癌を防ぐヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種に対する過剰な反応が起こったと思います。現在は当時のHPVワクチン接種による副反応や後遺症症例のほとんどは否定されていますが、接種率が今でも相変わらず低く、最近また子宮頸癌が増加しています。


 こうした背景があるので、私としては今回の新型コロナウイルスワクチン開発に厚労省が及び腰だったのは仕方ない面もあると思っています。しかし杉先生は厚労省がもっとワクチン開発に梃子入れをすべきだったと主張されています。確かに日本より遥かに人口が少ないイギリスやベルギーで新型コロナウイルスワクチン開発に成功しているのに、日本はとうとうできませんでした。おかげで多大な外貨をはたいてアメリカを中心に海外からワクチンを買うことになりました。


 ではワクチン開発にアメリカなどが成功したのはなぜか?となりますが、これには先月日経履歴書を書いた中山譲治氏の証言があります。その部分を抜粋します。


つまりアメリカはワクチン開発を「国家戦略」と位置付け、地道な投資を継続してきたのです。確かにコロナウイルス系としては、2003年のSARS(急性呼吸器症候群)、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)というCovid-19より毒性が強く危険なウイルス感染症が世界的に流行しました。「二度あることは三度ある」で、十分な備えをすべき状態でした。ところが日本では逆に感染症に対しての研究や新薬開発に対しての支援は縮小に次ぐ縮小だったのです。そのため、日本はワクチン開発だけでなく既存のワクチン製造についてもきわめて脆弱です。忘れないうちに書き留めますが、2021年はおたふく風邪や日本脳炎のワクチンが不足して、接種にかなり遅延を生じました。これは新型コロナ流行とは関係なく、供給元の武田薬品や阪大微研のワクチン製造過程でトラブルがあったためです。供給元が1つしかなく、そこにトラブルを生じるとたちまち遅延するというお寒い状況なのです。


 このように日本がワクチンに関して脆弱なのは、厚労省の支援の問題だけでなく、日本の製薬企業の方にも問題があると私は考えます。つまり患者数の変動が大きい感染症とくらべて悪性腫瘍や認知症の治療薬には安定して大きい市場を望めるため、経営のためには感染症は二の次になるということです。私が思うに、これには日本の製薬企業が欧米とくらべて規模が小さいことが強く影響していると思います。欧米の製薬企業は合併を繰り返して巨大化し、ロシュやノヴァルティスに比して日本の製薬企業で最大手の武田薬品でも1/2くらいの規模でしかありません。これでは国際的な競争にはなかなか勝てませんし、リスクが高い感染症治療薬まで開発の手が伸びないでしょう。日本は科学研究に関して衰退していますが、科学技術に関しても非常にまずい状況に陥っているのが現実です。


日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか 杉晴夫著 光文社新書 2022.04