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「京都大とノーベル賞」 〜脈々と続く京大医化学教室の伝統



本庶佑先生を初めて見たのは、1981年12月京都国際会館であった「AMBO」の講演の機会でした。AMBOはアジア分子生物学機構(Asian Molecular Biology Organization)の略称で、当時すでに隆盛していたヨーロッパ分子生物学機構のEMBO(European Molecular Biology Organization)の向こうを張ったものです。慶應医学部分子生物学教室の教授だった渡辺格先生の肝いりで開催されたシンポジウムで、日本人を含めた当時の一流の生命科学研究者たちが一堂に会しておこなわれました。残念ながらAMBOのシンポジウムはこの1回きりでしたが、日本が本格的に分子生物学的な研究に突入した幕開けになったと思います。


 免疫学のセッションではまずMIT教授の利根川進先生が講演をおこない、抗体遺伝子の遺伝子組換え機構などを中心に話されたと記憶します。そしてその後に立ったのが本庶先生でした。開口一番何を言ったかというと、「日本には「ゼンザ」というものがある。」でした。ゼンザといえば「前座」かな。え何言いたいの?と思ったら、続けて「聴衆の皆さんはどちらの講演が前座であるか、私の話を聞いて判断してほしい」と言ったのです。いやー、利根川進に喧嘩を吹っかけているとしか思えませんよ。というかその通りでしょう。確かにクラススイッチ機構の発見など本庶先生の仕事もすごいですが、さすがに利根川先生の仕事が先行していると思いました。実際利根川先生のノーベル賞受賞は1987年で、本庶先生の受賞に30年以上先行しました。しかし、こういう強気な発言を流暢な英語で語る本庶先生には並々ならぬ決意があったのでしょう。あ、言うまでもなくこのシンポジウムはすべて英語でおこなわれました。本庶先生の英語の発音はnativeといってもおかしくないくらいで、その意味でも非常に感心しました。当時は大阪大学医学部遺伝学の教授でしたが、このシンポジウムがあってしばらくしてから早石先生の退任にともない京大医化学教室の教授に就任しました。当時は早石スクール同門の神戸大医学部教授の西塚泰美(にしづかやすとみ)教授も有力な後任候補で、ちょっと意外な選択にも感じましたが、後年の医化学教室(→分子生物学分野)隆盛はご存じの通りです。


 本庶先生がノーベル賞を受賞したのは最近だったように思ってましたが、2018年だったのですね。京都新聞社の広瀬一隆記者が当時の模様や関係者への聞き取りなどの取材をおこない、まとめたのが本書です。一言でいって非常に丁寧につくられています。広瀬記者は滋賀医科大学を卒業した医師で、科学的な内容にも通じているのが大きいでしょう。余分なことかもしれませんが、医学部卒業して3年で新聞記者に転身するとはすごい決断で、広瀬記者の人生にも興味を持ちました。


 それはさておき、本書はノーベル生理学医学賞受賞時の成り行きをよく記しております。こういう話はその時の報道では詳しいですが、その後は雲散霧消で「あれ、どんな雰囲気だったかな?」と思うことが多いです。田中耕一さんの受賞時の熱気もすごかったですが、今ネットで検索しても当時の模様を知ることはまったくできません。


 受賞対象の元となったPD-1発見者の石田靖雄氏にも詳しく触れています。石田氏が考えるPD-1を中心とした自己・非自己認識のイメージは、哲学的にもおもしろく示唆に富んでいますね。


 本書がすごいのは、本庶先生の師匠になる早石修先生が築いた京都大学医学部医化学教室の人脈について詳しく追っている点です。ついにノーベル賞受賞ならずに病没した沼正作先生についても触れていますが、そのすさまじい性格のエピソードも出ています。その他関係者10人前後にインタビューしており、非常に入念な取材をおこなっています。またiPSでノーベル賞を受賞した山中伸弥氏にもインタビューーしており、本庶先生の受賞後の研究進展についても触れています。全体として本庶先生のノーベル賞受賞を軸に、京都大学になぜノーベル賞受賞あるいはノーベル賞級の研究者が多いのかよくわかる構成になっています。


 最後の石田記者のインタビューで本庶先生が語る言葉も、含蓄が深いです。研究はクリエーションであって、イノベーションではない。イノベーションを連呼する日本政府の発想はずれていると論じています。また今のように日本の科学は進展し、またネットが発達した時代にあっても、海外で仕事をすることの重要性についても語っています。ゴルフについての熱意というか入れ込みは、ゴルフ関心ゼロの私には理解出来ませんでしたが(苦笑)。


 京都新聞・石田記者の入魂の一作です。京大でも医学部など理系学部への進学を考える方なら、是非一読を勧めます。


「京都大とノーベル賞」石田一隆 河出書房新書 2019.520