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「完全自殺マニュアル」〜奇書だと思う

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この本の紹介をする時、副題を「自殺からみた法医学入門」としようかなと思いましたが、やはり「奇書」というしかないです。


 自殺する方法を物理的、化学的あるいは生物学的(クマに食われて死ぬとか)あらゆる方法で調べてあり、また自殺成功率や死ぬ時の苦しさなどを述べています。特筆すべきなのは幾つかの驚くべき自殺の背景について、簡潔に述べられている点です。岡田有希子のような有名人から市井の無名な人に至るまで、戦後日本であった特筆すべき自殺事件をよく記録しています。また死に方についての医学的な考察もよく述べられています。著者の鶴見済(つるみわたる)という人物は全然知らなかったので、「もしかして医者なのかな?」と思うほどでした。しかし、急性心不全と書くべきところを「心臓麻痺」と書いてありましたし、幾つかの間違った医学的な内容記載から医者ではなかろうと最終的に判断しました。


 調べてみると鶴見済氏はやはり医者ではなく、東大文学部社会学科を出たフリーライターとwikiに記載されていました。東大では見田宗介に影響を受けたと出ています。見田宗介は駒場の教養学部の教授で、学生には人気があった教授です。鶴見氏がどういう人物か興味を持ち調べると、東洋経済にインタビュー記事が出ていました。生い立ちを語っています。



なぜ鶴見さんは『完全自殺マニュアル』、『人間関係を半分降りる』のような本を書いたのか? 生い立ちからお聞きした。


鶴見さんは4人家族で育った。


「父は怒ると叩く、厳しい親でした。ただ昭和時代の家庭では珍しくありませんでした。より問題だったのは、2つ上の兄が非常に攻撃的で、小さい頃から10年以上もそれが続いたことです」

鶴見さんの両親は共働きだった。夏休みは、鶴見さんと兄2人で過ごさなければならなかった。

「小学校低学年の頃からずっと嫌がらせ、暴力を受けてました。

ただ、近所にもそういう家庭があって、自分が特別にひどい目にあっているとはよくわかっていなかった」


中学校になると、兄の攻撃は弟だけではなく両親にも及んだ。

「兄に、俺と両親の3人が1部屋に監禁されたことがありました。こういうことはもっと詳しく今回の本にも書いていますが、結果的に流血沙汰になってしまいました」


兄ほどではないが、鶴見さんも父親と仲が良いわけではなかった。家庭内では楽しい思い出はほとんどなかった。

典型的な「機能不全家族」で、またそういう家庭でありがちな家庭内暴力にも長年苦しめられていたことがわかります。性格が歪んだ人物というのは、一見恵まれた家庭でかなり頭が良い人物でもいます。私自身の交友経験から、それははっきり言えます。鶴見氏の兄はそういう機能不全家庭に育ったからそうなったというよりも、生来そういう歪んだ性格であった上にそういう家庭だったからさらに助長されたということでないでしょうか?


高校に進学すると、家族で食卓を囲むこともめっきり減った。それぞれが食事をトレーに載せて部屋に持っていき食べた。


「高校生活も決して楽しくはなかったですね」


鶴見さんが高校の時代には、「ビートたけしのオールナイトニッポン」や「タモリのオールナイトニッポン」が流行っていた。


「翌日はみんなビートたけし気取りなんですよ。人を観察して、それをからかうようなことをするわけです。つねに誰かを笑いものにして、誰かに笑いものにされる。だから教室の空気はすごく悪かった」


とにかく教室内の視線が過密だった。

つねに変なふうに見られているんじゃないかと気になった。


「社交不安障害、対人恐怖症になりました。学生時代って、本当に学校と家庭しか居場所がないじゃないですか。逃げ場所がないんですね。大人だと、娯楽や旅行なんかで発散とかできるじゃないですか。学生にはそれがない。家に帰ってもずっと考えてました。


絶望的でしたね。精神病院に行きたいと思ってました」

これは精神病というより「適応障害」でしょう。一連の対人恐怖症も兄の暴力による一種のPTSDでなかったかと感じます。しかし、その後ぐれもせず一浪後に東大に合格し、その後は生きづらさを感じながらも東大での自由な学生生活に馴染んでいきます。


「昭和の時代から比べたら、(今の時代は)全然良くなっていますよ。それは明らかですね。


子供の頃『巨人の星』ってアニメをやっていました。父親が子供にスパルタ教育をし続けるアニメです。今だったらありえないですよね? でも当時は普通だと思って家族で見ていました。父親に影響もあったと思います。『親たるもの、子供に厳しくあらねば』って思ったでしょうね。


今は、親子関係が友達みたいになっている家が多いと聞きます。これはとても良いことだと思います。


あと、心の病気に関しても劇的に変わりましたね。30年前は精神科に通うというのは、とても抵抗があることでした。今は、うつや発達障害についても認知されて気軽に病院に行けるようになりましたし、メジャーな話題になりました。これはすごい変化ですね」


自身の“生きづらさ”を見つめ続け、結果的に多くの人達の“生きづらさ”を癒やしていく鶴見さんのパワーはすごいと思う。


確かに鶴見済氏が過酷な幼年期を経ながらも生きる道を見つけられたことは、良かったと思います。しかし、友だちみたいな親子関係だったならば、鶴見氏の兄は家庭内の暴力沙汰を起こさなかったのでしょうか?私は1996年に起こった「東京湯島・金属バット殺人事件」を思い出します。14歳の息子の度を超えた家庭内暴力に悩んだ父親が、ついに金属バットと縄跳び縄を使って息子を殺した事件です。この父親は激しい暴力を振るう息子に長年忍耐し受容する態度に終始したものの、結局何一つ改善されず最後は殺害に至りました。息子は生育歴からみて、ASDのような発達障害だったと言われています。


 鶴見氏はなぜこんな本を書いたのか?彼自身はこのように言っています。

「いざとなれば自殺してしまってもいいと思えば、苦しい日常も気楽に生きていける」と提唱した本。「強く生きろ」という、日本の社会風潮に異議を唱えた。

私はこの言葉を額面通りに受け取れません。鶴見氏自身が自殺したいと何度も考えたからだと思います。しかもその原因は自分自身ではなく、本来子供を保護してくれるはずの家族からの虐待のためです。結局自殺しなかったのは、鶴見氏が自殺という選択に納得できなかったからでしょう。そして、この経験が「では他人はなぜ自殺するのか?どうやって自殺するのか?」に強い興味を持った原動力だと感じます。


 私は「完全自殺マニュアル」が出版された時から知っていましたが、最近読む気になったのは「近親相姦による自殺」に触れていることを知ったからです。

近親相姦を苦に怨念の焼身自殺を遂げた女子中学生


 ある12歳の女子中学生が、おじの家の庭でガソリンをかぶって焼身自殺をした。

 彼女は生後間もなく両親の離婚によって母親を失い、

(中略)

彼女の育った家庭環境は非常に複雑で、両親の離婚の原因は母親とおじに性的関係があったことだった。

 しかし彼女の自殺の原因になったさらに複雑な関係は、彼女自身も祖父と父親との性関係があったことだった。


近親相姦は実は意外に世の中で多いのでないか?これは私自身の職務としての経験から、そう感じます。いろいろ訳の分からない深刻な事件を丹念に調べていくと、そこに行き着くことが一再ならずありました。それは恐ろしい、あまり知りたくない背景で、はっきり申して「地獄を覗く」思いです。医師であってもそういう実態を知っているのは、小児科や精神科などで児童虐待に精通した者に限られると思います。嫌であっても、職務上どうしても探究しなければならない。そういう思いで、この本を読了しました。


この本は1993年に出版されましたが、2023年現在で22刷となっていることに心底驚きました。世の中にはいろいろな理由で自死を考えるひとが如何に多いことか。2010年頃からようやく減りつつあった日本人の自殺がこの2年ほどまた増加に転じる今、暗い気持ちになります。


「完全自殺マニュアル」 鶴見済 太田出版 1993.7.1