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デヴィッド・シラノスキー氏が述べているのは、「柳田氏が主張するATP1分子で60 nmもアクチン線維が移動すること見出せた実験は、莫大なお金がかかることで他のチームが検証するのは難しい」ということです。従来の実験結果では、ATP1分子のエネルギーでアクチン線維が動くのはせいぜい5 nm程度で考えられていたのに、その10倍以上動くと柳田氏は主張しているわけです。えらい差ですから検証が必要ですが、柳田チームのような大がかりな実験設備は欧米の他チームで持つことができないのです。それ以外にも他の筋生理学者が「パワーストローク運動と違う「東洋思想」は受け容れがたい」と思っている雰囲気も紹介しています。この点は杉先生が書いている通りです。


 しかし、実は杉先生は著書で一度も「ルースカップリング」という言葉を紹介してないし、第一柳田説がそういう揺らぎ運動に立脚するとすら言っておりません。それを書けば、A大学のB君とは大阪大学の柳田敏雄氏を指すとすぐわかるからでしょうが、なんともよろしくありません。事情をよく知らない読者には、何を杉先生が論じているのかさっぱりわからないでしょう。そもそもアクチン線維がそれまでの報告の10倍くらい動くという柳田氏の報告が「ミオシン頭部が何回もパワーストロークする結果」だと杉先生が述べています。しかし、柳田氏は「パワーストローク説」を否定して、自説の「ルースカップリング説」を主張しています。ですから紹介の仕方が根底から間違っています。科学において実験データは正確に扱う必要がありますが、学説に関しても自分の思考によるバイアスをかけず、正確に紹介すべきでないでしょうか。研究班などを通じて、杉先生は柳田先生と関係性が深いから避けたのでしょうが、学問上の論争ならはっきり述べるべきでしょう。フェアな態度と言えません。


 ルースカップリング説とパワーストローク説はその後どうなっているのか、興味を持ちました。調べてみましたが、2023年現在においてもはっきり決着していない印象です。私見ですが、「両方ともあり」でないでしょうか?ここに魚類の遊泳速度についておもしろいデータがあります。


右側の魚類に注目してほしいのですが、体温が高い魚種は一般に回遊距離が長い、つまり泳ぐ力が強いことを示しています。つまり筋力には「温度依存性」要素があることを暗示しています。これこそが、「ルースカップリング」効果による可能性があるのでないでしょうか。ブラウン運動の激しさは温度依存性があります。


ですから、高い体温の魚類はルースカップリングの原動力となるブラウン運動は激しく、アクチン線維の揺らぎも大きくなるはずです。体温が水温と同じでも「パワーストローク」の首振りでミオシン線維は動くが、温度が高いと「ルースカプリング」による運動が加重されるのでないかと考えます。パワーストローク説だと5 nmしか動かないアクチン線維が、柳田氏の実験だと60 nmも動く。「あまりにおかしいのでないか」とシラノスキー氏も疑念を述べていますが、柳田氏は「すべてのアクチン線維が60 nm動く」とは言っていません。ブラウン運動ですから、運動方向はランダムです。偶々運良くミオシンの動く方向に揺らいだら、そういう大きい値も出る可能性はあると、私は考えます。


日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか 杉晴夫著 光文社新書 2022.04