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東大理科一類より難しい医学部 ~3校のみか

ポワール


医師向けサイトに出ていた話題です。


東大理科一類より難しい医学部は3校のみ


近年東大理系の難化はすごい。

理科一類より難関は理科三類、京大医学部、科学大医学部ぐらい。

阪大医学部が理科一類くらい。

ほとんどの医学部志望者は理科一類は入れないだろう 


それに対しての反応です。

旧帝大医学部は今でも理一と並ぶくらいの難度はあると思います。ただこのインフレで医師の待遇と先端の技術者の収入が逆転、差がついていくことが予想される中で医学部は尻すぼみになるのは間違いないと思います。

国のためにも医師ばかりに優秀な人材を集めても仕方がないので、良い傾向ではあるかと思います。 

入試は大学によって科目や内容が異なるので、厳密には難易の比較はできません。ただ東大理一が難化したというより、医学部の難易度が相対的に低下してきたのが事実でないかと私は感じています。一頃のように成績が良ければともかく医学部という風潮はかなり低くなったのでないでしょうか。医療と理工系では実地という意味でかなり異なる領域ですから、適性を考えるとそれで当たり前でしょう。


医学部が最も難しかったのは昭和40年代だと思う。

受験生は今より遙かに多く、医学部は少なかった。AO、推薦、地域枠などなくガチの学力試験一本槍だ。

本命が信州大医学部で滑り止めが理科Ⅰ類というのはざらだった。

その後新設医大が出来、医学部の易化がはじまり今日に至る。

本来医学部は大した頭など要らないので、今の状態こそが望ましい。

昭和40年代というと「一県一医大政策」が動く前で、全国の医学部数は46しかなく総定員も3000人以下でした。今全国の医学部数は82で総定員は9000人超えですから、昔は特に国公立大医学部は相当に厳しい競争だったと言えます。また昭和40年代までは一期校二期校制度の時代です。今の国公立大の前期・後期入試と似ていますが、違う点は前期・後期の両方とも受験可能で、しかも出願をあちこち出しておいていざ受験の時にどれか選べたこと。これ今と違って出願書類が紙ベースやり取りで即時の処理ができなかったことによります。しかし信大医学部の滑り止めとして東大理一はどうかな。一期校で東大理一を受ける学力なら、二期校は首都圏なら医科歯科か、せめて群馬大医でないか?そう証言するならそうだったのかもしれませんが。


>一昔前のように、底辺私大などの医学部は偏差値50くらいになる


筑波や慈恵も偏差値49 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1980年代後半の駿台模試です。科目数は省いています。


偏差値71以上:東大理3

偏差値65: 京都医、慶応医

偏差値60: 阪大医、医科歯科医、九大医

偏差値58: 東大理1、 名大医、北大医、東北医、千葉医、金沢医、横市医

偏差値56:”東大理2”、新潟医、弘前医、岡山医、熊本医、滋賀医

偏差値51.6: 秋田医、名市医、奈良医、旭川医、山形医、和歌山医

偏差値50.5:札幌医、高知医、 東北理京都(薬・工)早稲田理工(工)東京工大(5・6類)

偏差値49:筑波医、順天堂医慈恵医阪大工・基礎工 

これ今の受験生が見たらかなり驚くと思うけど、本当にそうだった。1970年代後半からこの時期まで、当時の駿台模試で偏差値が60超えるってすごいことでした。特に現役生にはものすごく大変でした。1970年代まで駿台は御茶ノ水にある3校舎のみで、午前部理一在籍者の第一志望は医学部を除けばほぼ東大一色。一般の高校生が受ける模試は旺文社とか代ゼミとかで、駿台模試を受けるのは本当にトップ受験層のみだったのですね。失礼ながら、今のように猫も杓子も受けるわけでなかった。だから私大にいたっては慶應医学部はともかく、早稲田理工は真ん中より上の成績だったら合格圏でした。医学部でなくても難関大学なら現役生より浪人生が優勢で、なんか気が遠くなるような時代の話だったな。ちなみに医学部で慈恵会医大の偏差値がかなり低かったのは、入試日が国立前期二次と同日だったため受験するのは私立医大専願層だったため(国立大滑り止めになるのを嫌った)。筑波大医学専門学群の人気が低かったのは、筑波大自体が文部省肝いりの「管理大学」だったことと、医学専門学群の二次試験が小論文・面接のみで合否が読めなかったたためです。この当時女子合格率が50%を超えていた国立医学部は筑波大だけで、何らかの男女バイアスが掛かっているのでないかという疑念が男子を中心とした学力上位層を遠ざけていました。


ここの投稿みていると面白い。「理科1類よりとにかく医学部の方が難しい」とおそらく反論したいのだろうけど,あまり伝わって来ない。国公立や難関医学部を受けていない人の発現?

①「理1を蹴って慶応医学部に進学した」。たまに聞くが,そもそも慶応医学部は理科三類と京大医学部の併願校になるくらいの難関。逆に慶応蹴って理1に進む人も存在するが,理1(+2)の多くの合格者が慶応医学部の方が難しいと普通に思っている。そして上の話に出て来た,その理1を蹴って慶応進学した人も最終的に医学部に進学した位なのに,地元の旧帝大や医科歯科大学ではなく,「腕試し」に選んだ国公立は理1。このエピソードだと,一般的に医学部の方が難しいとは断定できない。

②河合塾の偏差値の議論。東大はセンター試験比率が全国で最も低い大学。東大受験生はセンター試験の対策なんて社会くらいしかしない。逆に地方国公立はセンター比率が高いので,センター試験の対策に力を入れている人が多いのでは?そんなセンター試験ごときでも,東大理1の方が高い。二次に関しても英語数学理科二科目に加えて国語がある。二次の偏差値が同じだとしても見えない負担がある。「あたかも難しいように見せている」と記載があるが?

③「千葉大の合格者の二次試験の得点率」は,二次試験の難易度が考慮されていない。

④「理1の定員1000人に対し医学部の定員100人」は,医学部受験生は可能性のある大学を全国から探して散る。ブランド医学部の100人は確かに狭き門に見える。


やっぱり,みんな「俺が私が進学した医学部の方が理1より難しいんだよ!」と信じたいんだね。しかし,これを見てる人はどこでもいいから医学部で良かったと思うよ。理1or2に入れたかどうかではなく,仮に入れたとしても進振の熾烈な競争に勝ち残れない。希望の学部学科に入れないでその辺の国公立医学部に流れている人いるからね。医者の環境も厳しくなっているが,お互い生き残れるように頑張ろう! 

昔は違うかったのでしょうか。私の記憶では、昔も東大理科一類にはいれるのなら多くの国公立の医学部には学力という意味では入学できたと思います。また、この比較には私立大学は入っていないのでしょうか。私の時代では慶応の医学部は理科一類より難しい印象でしたが・・・。ちなみに、同期で理科三類と慶応の医学部を両方合格した方がおられ、結局慶応に入学した方がおられました。 

これ、噂には聞いていましたが、本当にいたのか。あの当時の慶應医学部は学費が非常に安かったのですが、それでも国立大の倍以上です。よほど慶應愛の強い方だったのだろうと思うけど、どなたかな?


 しかし、こういった偏差値で優劣を比べる受験意識はそろそろお仕舞いにするべきでしょう。東大理科三類の在籍生で調査した結果のニュースが以前ありました。プレジデントから引きます。


現役学生「東大医学部の4割が医者ではない道を選ぶ」という衝撃…過熱する医学部受験ブームで起きていること 最難関学部なのに医師国家試験の合格率は上位ではない

PRESIDENT Online


    木下 翔太郎慶應義塾大学医学部特任助教、医師、博士(医学)

*以下は抜萃


4割が医学ではない道を選ぶ


他の事例として、2009年に東大医学部の学生40名近くがコンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーの就職説明会に参加していたことについて、文部科学省の検討会で紹介されたことは話題になりました。


マッキンゼーは、2024年に公表された東洋経済オンラインの調査で「入社が難しい有名企業」で2年連続1位となっているなど、人気の外資系企業として知られていますが、医療・ヘルスケア分野の企業というわけではありません。そうした一般企業の説明会に学生が大勢参加するというのは、東大医学部ならではという印象をもちます。


また、最近の事例でも、2024年7月に公開された、東大医学部の現役学生へのインタビューでは、次のような発言がされています。

東大医学部は、医師にならない人が一番多い医学部かもしれません。東大医学部卒の人たちの5割以上は臨床医になり、1割程度は研究医になりますが、その他の人たちは民間企業に就職したり、起業したりと、さまざまなキャリアを歩んでいます。


ご存知の方も多いかもしれませんが、医師養成課程である医学部を卒業して、医師の道に進まない、という学生は医学部全体でみればほんの僅かであり、特に東大以外の大学では非常に稀です。

これ、事実とするとどうかな。実際東大医学部を卒業してゴールドマンサックスに就職した者とか以前何処かで紹介されてました(が、まもなく辞めていったそう)。医学部6年間の教育は基本臨床医養成のための設計がなされており、他の学問領域を学ぶ機会は教養を除いてほぼないです。また選択科目も専門科目ではゼロです。すべて必修。そういう特殊な環境でなおかつ他のことも余技でできるならすごいことだと思います。しかし、それなら折角の若い時期を多様に学べる学科や学部に身を置いた方が遙かにましです。東大の理科三類はもともと1962年に理科二類から医学科選抜のために分かれてできました。今東大理三の在籍生がそういう傾向ならあえて理二と分けて募集する必要もないでしょう。今でも理科二類から10人枠で医学科進学できますが、理三を廃止し以前と同じように全員を理二の進振りで取ったらいいのでないか?その方が真に医師になりたい学生を選べます。


 しかし私とは異なり肯定的に捉える意見もあります。大学ジャーナルの記事から引用します。

東大理三は仮面浪人の楽園。さまざまな人材が集まり輩出している


大学ジャーナルオンライン編集部


入試でもっとも難易度が高いことは衆目の一致するところであろう。予備校の模試ではもっとも高い偏差値がつき、東京大学の科類別合格最低点では理科一類と二類を引き離している。日本で一番の天才、秀才が集まっているところといえる。理三合格者およそ30人の手記をまとめた本が毎年、出ている。 『東大理三 天才たちのメッセージ』だ(2024年までデータハウス。2025年から笠間書院が刊行)。


 2017年版から2025年まで9年分の理三合格者のプロフィールを見ると、大学に在学しながら受験する、いわゆる仮面浪人が必ずいる。前掲書から、理三合格者の入学年、在籍していた大学をまとめた。


2017年 A 東京大理科二類

2018年 B 慶應義塾大医学部

2019年 C 一橋大経済学部、D 東京医科歯科大医学部

2020年 E 千葉大医学部退学

2021年 F 山梨大医学部

2023年 G 東京大法学部、H 東京大理科二類

2024年 I 山梨大医学部、J 山梨大医学部

2025年 K 奈良県立医科大医学部、L 東京大工学部、M 一橋大経済学部

(医学部は全員医学科)



 これら合格体験記から、理三再受験の理由、背景を次のようにまとめることができる。


① 医学部以外の学部(東京大理科一類、理科二類などを含む)に在籍していたが、社会に向き合い知見を広げていくなかで医師、医学研究者になりたいと思った。

② 医学部志望で当初、理三は考えていなかった。入学した大学医学部が自分に合わず、再受験なら最難関の理三を考えた。

③ 理三不合格で他大学医学部に進んだが、教育、研究環境が十分でないと感じた。

④ 理三受験の準備が十分ではなかったので、理三を受けず東京大の他類、あるいは他大学の医学部に進んだ。

⑤ センター試験、共通テストの点数が低かったので理三受験を断念し、東京大の他類、あるいは他大学の医学部に進んだ。

⑥ センター試験、共通テストの点数が低く理二に入学し、進学振り分けで東大医学部に進むことを考えたが、こちらのほうが難関だと思い、理三再受験を考えた。

⑦ 理三を強く志望したが不合格となり、はじめから仮面浪人になるつもりで計画的に他大学(医学部とは限らない)に進んだ。

⑧ 自分よりも勉強ができなかった同級生が理三に入った。他大学に進んだが悔しくて理三を受けた。

⑨ 国内最難関の理三にチャレンジして自分の頭の良さを証明したい。

仮面浪人を経て最難関の理三合格に対して、「最高点を競い合うゲーム感覚で理三に挑んでいる。だから創造性に乏しく東大医学部からノーベル賞受賞者は出てこない」という批判がある。こうした側面はあるが、理三は仮面浪人のおかげでさまざまな経験を持った人が入学し多様性に富んでいるともいえる。


 2025年理三入学者には東京大文学部卒業後、教育関連の会社でサラリーマンをしていた30代半ばの方もいる。一方で、これまで東京大医学部医学科卒業生のなかには医学の道に進まず、国会議員、外交官、市長、知事、弁護士、経済学者、数学者、哲学者、予備校講師外資系コンサルタント、映画プロデューサー、生成AI研究者、宇宙飛行士になった方々もいる。日本一の天才、秀才が集まる理三は難易度が高い京都大医学部、大阪大医学部、東京科学大医学部、慶應義塾大医学部に比べ、多様な人材を多く送り出している。なかなかおもしろい。「理三こだわり仮面浪人」を含めてポジティブに見てもいいのではないか。


医学をやってみて向いてないと思ったとかもっと興味ある分野が見つかったというならいいと思います。しかし、どうも「国内最難関の理三にチャレンジして自分の頭の良さを証明したい。」の類いが結構多そうです。東京大学で学べば、研究環境はそこらの医学部より数段ましでしょうが、研究は頭脳の勝負です。大学受験に盛大なエネルギーを注ぐくらいなら、その後の勉学にもっと注いだ方がよほどましだと思うのですが。今の一般入試の制度はあと10年したら完全にマイナーとなり、総合型選抜が標準になると思っています。その時代、もっと適正な入試選抜になっていることが日本の国力を維持する上でも重要でないでしょうか?

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