gillespoire

日常考えたことを書きます

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

NHK「ヴィランの言い分」ハト 〜展開に無理が・・

ポワール

「ヴィランの言い分」再放送ですが、以前見た時気になっていた「ハト」の回です。ハトというと普通ドバト(カワラバト)で神社仏閣にわさわさいて、ばたばたほこりや羽を播き散らかして迷惑な鳥です。それに駅屋根をねぐらにして巣をつくり、ベンチを糞だらけにしてくれて、座れない。私個人的にも最近迷惑しております。糞が汚いというだけでなく、あとで述べるクリプトコッカスというカビの問題もあります。「空飛ぶネズミ」か。確かにそう感じます。


ヴィランの言い分

ハト


初回放送日NHK教育テレビジョン4月12日(土)午前10:30

配信期限12月6日(土)午前11:00

かつて平和の象徴として愛されたハトだが、公園、ベランダ、銅像などで群れをなし、エサを期待してか人間にまとわりつき、あげくに大量のフンで景観を乱すハトはもはや身近なやっかいモノなのか!?だがヒトとの関わりには深~い歴史があり、人間を恐れない無理からぬ理由があった!しかもその数の多さの背景にはハトにしかできない特別な子育て法も!さらにハト特有の脳の働きが未来の自動車技術に役立つかも!もはや進化の象徴?

ゲストの高橋直美からも「ベランダの巣作りで迷惑」と悪役扱いです。レイザーラモンRG演じるハトもラップ調でうるさく、いかにも迷惑な存在!RGは日本野鳥の会歴15年なのか。古代エジプトで家禽化されたカワラバトが再び野生化して世界中に散ったため、ヒトをあまり恐れないそうです。そうね、確かにエジプトにはハト料理が多いですが、そういう古代からの伝統なのかな。日本では1964年の東京五輪閉会式で放されたハトの大群に感激して飼育するひとが増えたそうです(それまではあまりいなかった)。レース鳩の飼育でしょうか。そこから逃げ出して野生化したハトが増えたそう。なお鳥獣保護法で保護されてるハトを許可なく捕まえたり巣を撤去することは禁止されてるそう。知らなかった!


 お笑い芸人の井口浩之からも「汚い」と非難されています。「石や砂を食べるのは砂嚢のため」はわかる。それに付着する土中のクリプトコッカス(番組ではクリプトコックス)を砂嚢に取り込むと増殖して、ハト糞が汚染されると聞いておりました。ところがヴィランではハトの糞にはクリプトコッカスがほとんどいないという結果が、大阪公立大医学部・臨床感染制御学の掛屋弘教授かた報告されています。え、そうなの?昔から医学部講義ではハトの糞はクリプトコッカスに高濃度に汚染されていると習いますけど?掛屋教授の説明によるとクリプトコッカスはハト体内の温度が高すぎるため生存しても増殖しないということです。一般に真菌類の増殖最適温度は20数度だからハトの体温42度は高すぎます。しかし、ハト糞にはクレアチニンが老廃物として多く含まれ、これがクリプトコッカスの重要な栄養源になると言います。そのため排泄されたハト糞は温度が下がるから豊富なクレアチニンを活用してクリプトコッカスは増殖するそうです。結局ハト糞は乾燥して飛び散ればクリプトコッカス感染源として重要でないでしょうか?ハト糞には鳥インフルエンザウイルスやオウム病の原因のクラミジアもいる可能性があり、やはりハトは危険でないのか?ところでクレアチニンはハトの糞に特別に多いの?ハトは筋肉量が多いからクレアチニン排泄も多くなるとの説明は初耳です(クレアチニンは骨格筋のエネルギー源クレアチン(リン酸)の異化産物)。


 あとピジョンミルクの話に触れられていました。嗉囊の上皮が肥厚して剥がれたものでタンパク質や脂質に富んでいるそうです。ハトはこれを与えるので普通の鳥の雛の餌が虫なのと違ってハトはいつでも繁殖可能ということでした。なるほど!だから寒い冬にもハトは繁殖しおって、駅ベンチを糞だらけにしてくれるのか!


 ハト脳の情報処理も触れられていました。千葉大人文科学部准教授の牛谷智一先生によると、ハトは見たままを受け入れるので例えばクロスしている2本の棒はクロス部で片方は切断されていると判断するそう。まあヒトと違って立体想像力がないとも感じますが、こういう処理は交通とかの迅速な情報処理には最適なんだそうです。単なるおバカにしか思えず、意味がよくわからんがそうなのか?


 クリプトコッカスの話に戻ります。クリプトコッカスはカビの仲間ですが、酵母型で菌糸を形成せず丸い細胞をしており、表面を分厚い莢膜で覆われています。

(上記では「薄い莢膜」と書かれているが、分厚い方です)


この多糖類でできた莢膜が体内の免疫防御を遮り、クリプトコッカス菌体を守るわけです。免疫不全の患者では致命的な肺炎、髄膜炎、脳炎を起こします。特に脳炎は恐ろしいです。小学生の時に読んだ新聞記事で「クリプトコッカスという恐ろしいカビに感染した小学生の男の子の脳は穴だらけになり、死んだ。このカビはハト糞に大量に含まれている」と書かれていました。恐ろしくなった小学生の僕はお寺にいる大量のハトには絶対近づかず、息を止めて駆け抜けておりました。そもそもお寺や神社に行くこと自体避けてましたね。今考えるとその男の子は何かの理由で免疫力が低下していたのでしょう(白血病などで抗がん剤処方を受けていたか、先天性免疫不全か)。今なら笑い飛ばせますが、あの頃は真剣でした。


 しかし、ハトやっぱり悪者(ヴィラン)じゃん!せっせと駆除した方がいいです。ハト食べると美味しいのよ。日本では全然食べないけど、エジプトだけでなくフランス料理でも珍重されます。私もフランス滞在中何度か食べました。食べるのは巣立つ直前の雛で大きく太っており、たっぷり脂肪をため込んでいます。巣立ちして飛び出すとその脂肪はたちまち使い果たされてスレンダーになり、ぱさぱさの身になって美味しくありません。雛を食べるちょっと罪深い食習慣ですが、美味しいのは事実です。ただ身はほんのちょっとでウズラより少ないです。今度駅の屋根からハト雛を叩き落として喰ってやるか!ぐふふふ!

日常考えたことを書きます

斎藤元彦知事、関西学院大学で「講演」予定 〜大学運営体制に不備あり

ポワール

斎藤元彦兵庫県知事 〜知事だけでなく「維新」を追及せよ


まいどなニュースから引きます。

斎藤元彦・兵庫県知事、大学での「講演」予定に波紋 法学部長がコメント「教授会は承認せず」「利用されているようで不愉快」

11/23(日) 17:15配信

まいどなニュース


兵庫県の斎藤元彦知事が関西学院大学(兵庫県西宮市)法学部の授業で講演することが発表され、波紋が広がっている。11月19日の定例記者会見での発表を受け、同大学の学生新聞のXアカウントが「斎藤元彦兵庫県知事、関学大の授業で講演へ」とポストすると、文書問題や「2馬力選挙」への対応などをめぐり斎藤知事の資質を問題視する人たちから批判や疑問の声が相次ぐ事態に。3日後の22日夜には、同大学の法学部長が自ら「当学部はこの件について機関決定をした事実はありません」「私としては県知事のパフォーマンスのために関西学院大学法学部が利用されているような気持ちがして不愉快です」などと異例の投稿をするに至った。

NHK党の立花孝志はようやく逮捕されましたが、本丸の斎藤元彦は依然として野放しです。私がこの状態を看過し得ないのは、「自身に対する内部告発者を自身の判断で処罰したこと」です。斎藤元彦と前任者の井戸敬三はともに総務省(自治省)のキャリア官僚からの転身で兵庫県知事に当選していますが、いわば「同じ穴のムジナ」です。一体に地方自治体は中央からのお恵みを期待して、総務省系の官僚を首長にすることが非常に多いですが、これでいいのか?二世、三世の代々政治家を選ぶのも如何なものかと思うが、キャリア官僚を知事にし続けるって、戦前の内務省の地方政治支配とまったく同じ構図になっているとどうして有権者は気づけないのか?


 しかし、斎藤と井戸の政策路線対立がこの内部告発の大元だと主張するのは、元副知事の片山安孝です。時事通信から引用します。

片山前兵庫県副知事、告発文書「知事失脚が目的」 公用PC再調査を 斎藤知事再選1年

11/16(日) 7:16配信

時事通信


 斎藤元彦兵庫県知事の失職に伴う知事選から1年となるのを前に、斎藤氏の元側近で昨年7月に辞職した片山安孝前副知事が時事通信のインタビューに応じた。


 元県民局長が作成した告発文書について「知事を失脚させる目的で作成され、公益通報には当たらない」と訴え、元局長の公用パソコンの再調査を求めた。主なやりとりは次の通り。


 ―第三者委員会報告書で県の対応は公益通報者保護法違反とされた。


 今回の文書は知事を失脚させる目的があった。元局長の公用パソコンのメールには「斎藤県政を失脚させる」との文言があった。「不正な目的」がある場合は保護法の対象にならないので、県の対応は何ら問題がない。


 ―なぜそんな文書を作る必要があったのか。


 今回の騒動の原点は斎藤氏が初当選した2021年の知事選だ。斎藤氏は前知事の後継候補を破ったが、負けた方は納得ができない。斎藤派と反斎藤派の権力闘争が続いているのだ。

まあ、県庁職員内の利権争いから、そういう内部告発をした可能性も大いにあるでしょう。しかし、そうだったとしても嫌疑に関しては被疑者が判断をしてはならない。第三者委員会に委ねる必要がある。これはどんな団体であったとしても、コンプライアンスの基本でしょう?かりに「知事を失脚させる目的で作成され」が事実だったとしても、被疑者となった県知事や副知事が、「公益通報には当たらない」などと勝手に判断してはならないのですよ。こんな簡単な利益相反の原則すら理解できないなら、即刻役職から退くべき。言いたくないけど、自分だってこういう局面に立たされ非常に不愉快な思いをしました。しかし、第三者委員会で「無根」と判断されるまでじっと耐えました。そういうルールを守らない人物を「陰謀で追い落とされた!」とかいって再度県知事に選んだ兵庫県の有権者には驚き呆れ果てるばかりですが、「他山の石」としましょう。


再びまいどなから。

斎藤知事は会見で「関西学院大学さんから地方自治体における政策の実態、そして状況などを学びたいというご意向があり、授業への出席依頼がありました」「県としても協力させていただく」などとして、自身が11月27日の授業に参加することを発表。

こんな人物を大学にわざわざ呼んで、何を学ぶのかね?地域政策論とは「チホー

独裁者学」のことか?

これを関西学院大学新聞がXで短く報じたことなどを機に、大学側の見解を問う声が上がるなど、騒ぎが拡大した。これを受け、法学部長の伊勢田道仁教授は、学生新聞のポストに返信する形で次のように連続投稿した。


「法学部長(本物)です。斎藤知事は記者会見で関学から招待を受けた旨おっしゃっていますが当学部はこの件について機関決定をした事実はありません。総務省から3年任期で来た地域政策論の担当教授のゲストスピーカーです。報酬を伴わない場合は事前届出の必要がなく教授会の承認はされておりません」

「11/27講義当日にはキャンパスにデモ隊が押し寄せることが懸念されるので学部長として教授の自由にも十分配慮しつつ別の場所からリモート形式の講義を行うことにより混乱を回避し知事自身や学生らの安全を確保する方法を提案したのですが、担当教授からは『従う義務があるのですか』と拒絶されました

いったい、この担当教授とは何者?調べると、小川大和(OGAWA YAMATO)という人物 でした。経歴をみると、出向前のポストは以下となっていました。

2016年4月 - 2018年3月

総務省 自治行政局 国際室 課長補佐


これは典型的なキャリア官僚のポストで30代後半くらいでしょうか。しかし、大学への出向が私立大学でしかも教授職というのは珍しい。若手で助教くらいのポストで国立大教員に出向はよくあるけど、この歳で教授での出向となると「使えない人物で、大学事務職には危なくて出向させられないから(教授職)」という総務省側の評価がチラチラします。規則を盾にして「従う義務はない」と言い捨てる態度も、きわめて横柄です。図に乗ったキャリア官僚の傲慢さが炸裂していますが、いずれ総務省に戻って斎藤元彦と同じような道を歩む人物なのでしょう。関西学院大もこんな人物の出向は断るべきだったと今更ながらほぞをかむ思いでしょうね。なお小川大和氏は「兵庫県明るい選挙推進協議会」の委員も務めております。この委員応募の条件として

4)ただし、次の方は応募できません。
・ 現に公職にある方、公職の候補者若しくは公職の候補者になろうとする方
常勤の公務員
・ 政党その他の政治団体に所属し、当該団体の役職員である方
・ 他の附属機関等の公募による委員との併任となる方

となっていますが、小川氏は常勤の公務員ではないのか?現職が私大教授としても総務省からの出向なので、小川氏の国家公務員としての身分は保持されているはずです。


 しかし、法学部長がいくら不適切と騒いでも、規則は規則です。大学が外部から授業担当者を呼ぶ場合、2つの選択があります。ひとつは「非常勤講師」です。非常勤講師だと学部教務委員会で本人のCVをみて審査をおこない、可となった場合教授会に上げて最終的な可否決定をします。ですから教授会は候補者を事前にチェックすることが可能で不採用とすることもできます。もうひとつが「ゲストスピーカー」です。ゲストスピーカーは非常勤講師と違って単独で授業をおこなえません。科目担当教員の授業の一部を補助するという立場で、専任教員が立ち会います。そういうこともあって多くの大学では、教務委員会で担当の可否をCVで判断し、教授会には教務委員会からの「報告」になります。だから教務委員会の承認を得ていれば教授会の判断は不要となりますが、それにしても教授会へはスピーカーの氏名と現職が出るのが普通でしょう。しかし、関西学院大法学部は「報酬を伴わない場合は事前届出の必要がなく教授会の承認はされておりません」なのか。これは大学側も失態ですね。ゲストスピーカーであっても無報酬なのは珍しいと思うが、報酬の有無に関係なく候補者全員を事前審査するのが普通でないでしょうか?でないと、今回みたいにいかがわしい人物に授業させたいがために無報酬で呼ぶってことも可能でしょう(県知事だから兼業禁止とかいうこととは関係ない)。結局斎藤元彦の関西学院大での授業がどうなったのか知りませんが、昨年度も他の県知事候補者とゲストスピーカーに呼んでいたようです。今後はそういう失態を演じぬよう大学もしっかりした管理体制を構築する必要があります。大学として脇が甘いと言わざるを得ません。

日常考えたことを書きます

「オネアミスの翼」 〜ガガーリン大佐とソ連の追憶

ポワール


相当に昔のアニメ映画で知らないひとも多いと思うので、wikiから簡単に引きます。

王立宇宙軍 オネアミスの翼


1987年に公開された日本のアニメーション映画。GAINAX製作。

1950年代の地球に似ている「もうひとつの地球」にある「オネアミス王国」、正式国名「オネ・アマノ・ジケイン・ミナダン王国連邦」が舞台となる。王立宇宙軍の士官シロツグが史上初の宇宙飛行士に志願し、仲間とともにロケット打ち上げを目指すというファンタジー・SF作品。

バンダイが初めて制作した映画作品である

僕が初めて見たのは1990年代になってから、レンタルビデオでした。一目見て大いに引き込まれ、何度かレンタルしました。地球に似た架空の惑星の架空の国といったって、どうみても1950年代のソビエト連邦を模しています。主人公の宇宙軍のシロツグ・ラーダットはぐーたら士官でしたが、ある切っ掛けで人類初の有人宇宙船への搭乗を目指すことになります。これまたどうみても、人類史上初の有人宇宙飛行をしたソ連のユーリ・ガガーリン大佐を模しています。登場人物をwikiから引きます。

シロツグ・ラーダット

    声 - 森本レオ[注 2]

    宇宙軍士官第2期生で、階級は中佐(劇中で昇進し大佐)。宇宙飛行士候補。21歳。身長171cm、体重62kg。

    中流家庭で平凡に生まれ育つ。学業の成績から水軍パイロットへの夢は諦め、仕方なく入った宇宙軍で漫然と過していた。

    歓楽街でリイクニから宗教勧誘のビラを受け取ったのをきっかけに宇宙戦艦パイロットへ志願し、様々な訓練やトラブルを乗り越えながら史上初の宇宙戦艦(有人人工衛星)パイロットとなる。


リイクニ・ノンデライコ

    声 - 弥生みつき

    17歳。身長165cm、体重52kg。B78・W61・H88。

    不仲な両親にないがしろにされ、熱心な宗教家の祖母に育てられた。祖母が外国系のクォーター。

    親族が所有する郊外の一軒家でマナと暮らしていた。しかし親族が借金をしていたせいで家が取り壊されてしまい、その後は近くの教会に身を寄せる。

    心の在りようを現実世界ではなく、外国系の宗教の信仰に置いており、歓楽街の路上でビラを配って布教活動を行っている他、劇中でも数度祈りを捧げるシーンがある。信心深いが浮世離れした性格の持ち主でもあり、欲情して自身を押し倒したシロツグを殴って気絶させてしまった際には、怒るどころか逆に自省の弁を語り、却って彼を困惑させてしまう。

    シロツグがロケット発射場へ向かう直前、行先を告げずに「行ってきます」と笑顔を見せる彼を、同じように笑顔で見送った。

ぼんくらなシロツグはエリートからほど遠い能なしですが、リイクニ・ノンデライコに良いところを見せたい一心で、宇宙飛行士に志願します。しかし宗教にのめり込むノンデライコはシロツグの恋情などまるで無関心。今時なら統一教会の信者みたいなアブナイひとで、「いったいこのカルト少女のどこがいいのか?」と思います。抗いがたい不幸な育ちしか知らないひとは、救いを宗教に求めて狂っていくとよく言いますが、まさにそれ。しかし、シロツグはリイクニへの下心から次第に離れて有人宇宙飛行の完遂自体にひかれていきます。モデルとなったガガーリン大佐はソ連空軍の中でも超優秀なパイロットでしたが、シロツグの不器用な生き方はなんともいえない魅力があります。


 またこの有人宇宙飛行計画はオネアミス王国陸軍からしたら「お荷物」の存在で、宮廷王族の趣味につきあっただけの存在です。ていよく計画を終了させるため、わざと敵対する共和国との国境の目と鼻の先に発射場を設置します。宇宙船を餌にわざと共和国に攻め込ませ、この際徹底的に叩くというオネアミス王国軍の陰謀というわけです。それ以外にも、どうしようもない人間の欲望や野心をいろいろ描きながら、最後の有人宇宙飛行成功へと行き着きます。おそらくガガーリンも見たであろう、太陽のまぶしい光から解放されて見えてくる青い地球。そこに輝く首飾りのように見える都市の明かり。本来宗教に関心がなかったはずのシロツグは畏敬の念に打たれ、祈りを献じます。


罪深い歴史の果てに海や森と同じく神の領域だった宇宙に人類は初めて到達しました。どうかみなさん、人間がここに到達したことに感謝の祈りを捧げてください。どうか(神の)お許しと憐れみを。我々の進む先に暗闇を置かないでください。罪深い歴史のその涯に揺るぎないひとつの星を与えておいてください。


古代ギリシャ時代からの人類の歴史の数々の光景が回想されます。戦争もその中でメンインテーマです。人間の数々の行為、ほとんどがくだらないもので宇宙の歴史からみたら、ゴミほどの意味すらないです。くだらない欲望で残酷な行為を繰り返し、そしてそれに一向に反省しようとしない。まあ人類など絶滅した方が宇宙のためでないかと思いますが、、一方崇高な理想を成し遂げようとするある意味での宗教心も持ち合わせているのも人類です。


 映画が公開された1987年といえば、日本のバブル時代の頂点でした。街ゆく人々は浮かれて大騒ぎ、盛大なムダ遣いこそが最大の美徳だった時代でした。その時代に「よくこんな映画出したな」と今にして思います。この映画のモデルとされた1950年代のソ連はまだまだ生活が貧しく、厳しい自然を相手に必死に戦う生活でした。しかしそういう大変な生活の中でも理想を見失わず、ひとつの目標にみんなが心を合わせていく。ガガーリンの有人宇宙飛行の成功は遠く北極に輝く星みたいなものだったでしょう。願わくば今のロシア人が70年前のご先祖さまたちの偉業に思いをはせ、ウクライナでの残酷な戦争をただちにやめてほしい。そう願わずにはいられません。

日常考えたことを書きます