「発達障害」が成人で増える理由 〜製薬企業の陰謀?
非常に気になる記事です。前回若年性認知症の治療で論じたメガファーマ(巨大製薬企業)の問題ですが、今度は精神疾患との関係です。現代ビジネスから引用します。
「発達障害の診断」が成人の臨床で増えている「納得の理由」…「カテゴリー診断」の非科学性
3/8(土) 7:01配信
あなたは本当にトラウマのことを知っていますか?
自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち、心身を蝕み続けるトラウマ。
〜中略
本記事では、カテゴリー診断の非科学性についてくわしくみていきます。
カテゴリー診断の非科学性
精神科の診断は、他の医学領域の診断とは著しく異なっています。その理由はといえば、ごく最近まで脳の中で何が起きているか皆目分からなかったためです。脳科学が飛躍的に進歩した今日といえども、脳の中で何が起きているのか、まだ本当に分かったという状況にはほど遠いのではないでしょうか。
〜中略
最新の国際的診断基準であるアメリカ精神医学会が作成した「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版」(DSM-5)あるいは、世界保健機関(WHO)が作成した「国際疾病分類第11版」(ICD-11)において、精神疾患は、理念型による診断が行われています。
精神科の診断で基本になるDSMとICDは定期的に改訂されます。精神科の診断は基本的に患者が訴える病状から決めていきます。この後、「注意欠陥障害」(ADHD)の診断の具体例に入りますが、長くなるので略します。
以上の例からもわかるとおり、DSM診断は病因を特定しておらず、症状による診断にとどまっています。一般的な病気は、疾病の病因が特定されており、バイオマーカーなどの客観的指標を参考に診断を行うことができますが、これとはまったく違うことが、お分かりいただけるのではないかと思います。
DSM-5やICD-11などの理念型診断は、症状の一覧表のようなものから成り立っていますが、実は、このリストに記載された症状以外にも診断の重要な手がかりがあります。その代表は、対人的相互交流の場に示される行動様式です。
精神症状は行動様式において示されることは、精神科医であれば誰しも賛同すると思います。躁状態の時と、うつ状態の時は、まさに行動様式が違っており、特に症状の一覧表のチェックを行わなくても瞭然と分かります。
経験豊富な児童精神科医であれば5階の窓から通りを見下ろしていても、道を歩く自閉症児を見つけ出すことは容易です。ちなみに筆者は、どんなところに行っても自閉症児や自閉症の成人を見つけてしまいます。こんなことが可能なのは、彼らに独特の行動特徴があるからに他なりません。ところがこのようなアナログ的な情報は、理念型診断の「症状」という言語による切り取りのみでは網羅することが困難です。
このことが、DSM-5のような症状のみによる診断(これをカテゴリー診断と呼びます)が全盛の中で「診断の拡散」を招いてしまうのです。経験豊富とはいえない精神科医が、カテゴリー診断の症状リストに該当するかどうかだけで診断すると、どうしても過剰診断になってしまうのです。
精神科の診断の技術には、言語化しにくいものがあることがよくわかります。
大きな声では言いたくないのですが、このカテゴリー診断における診断の拡張を最大限利用したのがメガファーマであることにも注意する必要があります。
科学的エビデンスを求める社会全体の流れの中で、心理療法的な治療は認知行動療法が主流となり、薬物療法についてさまざまなエビデンスが示されるようになりました。
エビデンスに基づく治療を行うことは、それ自体歓迎すべきことですが、正しい診断がなされることが前提となります。患者ではない人に投薬治療をしても効果がないばかりか、かえって症状を悪化させる危険があります。しかし、前述したように、理念型のカテゴリー診断自体が曖昧なため、拡張して適用されがちで、本来であれば治療対象にならない方まで精神疾患と診断されています。
メガファーマは、DSM-5やICD-11などのカテゴリー診断が拡張的になりがちなことを最大限活用して、エビデンスがあるとされる医薬品をどんどん売り込んでいます。こうした姿勢に筆者は危惧を覚えます。
この後、記事はゲノム解析と大規模データ解析の進歩から精神科診断が以前のような分類ではできなくなる事例を説明しています。「自閉スペクトラム症か統合失調症かという問いすらも意味をなさないかもしれない」は確かにそうだと私も感じています。
そちらは別な機会に論じるとして、上の
「メガファーマは、DSM-5やICD-11などのカテゴリー診断が拡張的になりがちなことを最大限活用して、エビデンスがあるとされる医薬品をどんどん売り込んでいます。」
は非常に気になります。簡単にいうと、DSMやICDの診断が症状という主観的な観察所見で決められており、ゲノムなど厳密なデータに基づかない「科学的でない」手法だと言っています。それに乗じて拡大解釈して、「精神科医は患者をどんどん造りだし、それらの患者に対して治療として薬を処方して製薬企業が儲かる」ということを言っております。いったいどの製薬企業なのか?それとも最近の国際化して巨大になった製薬企業全てがそうなのか?
実はこれととてもよく似たことが、今から100年以上前のアメリカで起きていたことを思い出しました。それは以前紹介した「アメリカの医学校成立の歴史」と関係しています。カーネギー財団に所属するAbraham Flexnerが出したいわゆる「Flexner Report」によって、それまで濫立していた医学校が厳格に審査され、適正と判断される医学校のみが残りました。この過程に、大企業の意図が大きく影響したのでないかという疑念です。以下の記事から引用します。
アメリカの医学の歴史
中央大学経済学部国際経済学科
三浦 基
2016年8月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1910年に当時有名な教育者として知られていたアブラハム・フレクスナーとカーネギー財団は、医学部教育レベルの独自の基準を作り全国の大学が満たしているかどうかを調査した。
その時存在した全米のメディカルスクールのうち教育基準を満たすのは、5校だけであって、財団は全国の大学にジョンズ・ホプキンス大の教育カリキュラムを採用するように推進した。結果、全米の医学部のレベルが上がった。世に言うフレクスナーレポートによって全米の医学部のレベルが上がったという説である。
しかし、一連の調査は利権の獲得が狙いであったという説がある。その利権を狙った超本人は、かの有名な資本家ロックフェラーである。彼は、石油産業から製薬産業へ目をつけそこで利権を獲得しようとした。
そのために、自分たちの薬を医学に関与する人間の間で浸透させることが必要不可で、そのためには薬を使用する科学的な医学が中心的な地位を占めることが条件であった。だから、当時中心的な地位を占めていた代替的な治療を行う大学は煙たかった。
結果、医学部の水準を図ると称して、代替的な治療、つまり薬を使わない医療を教える医学部に次々と不適当であるという根拠のない烙印を押した。これで、アメリカの医療が完全に薬で症状を抑えるアロパシー中心になった。
また、アメリカ医師会(AMA)というアロパシーを礼賛する団体がいることをロックフェラーは発見する。彼はここに援助をすることで、自分の開発した薬が使ってもらえ、利潤が得られた。同時に、レポートによって、無理矢理アロパシー中心になったアメリカの医療業界では、アロパシーを信奉するAMAは独占的な地位と絶大な権力を得られた。
アロパシー(allopathy)は聞き慣れない用語ですが、現在は「エビデンスに基づいて治療をおこなう西洋医学」のこととされています(WHOによる)。なんか当たり前の医療みたいに聞こえますが、原義的にはallo-は「異なる」という意味で、病気という「異物」を捉えて戦いやっつける治療でした(抗生物質が典型的)。自然同化力(homeo-)を尊重するホメオパシー(homeopathy)をおこなう19世紀まで主力だった医学信奉者によって半ば侮蔑的に定義された言葉です。現在のホメオパシーはハーネマンの主張した「極度に希釈した毒物を与えれば身体はそれに反応して身体は回復する」という宗教めいた妄想になってしまってますが、本来は生体が元来持つ治癒力を引き出す治療のことでした。しかし、それだと薬は売れませんね。Flexner Reportにはそういう薬を使わない医学やそれを教える医学校を「代替医療」「エセ医学」として排撃する意味もあったということです。
現在の精神医学における診断基準は「科学的でない」という意味で真逆ですが、要は「薬を使う治療を推進する」という意味ではまったく同じ方向をたどっています。心理療法的な治療は熟練した技が必要で、医師ならだれでもできるわけでありません。その点薬なら誰が処方したって、効果は同じです。お手軽だけど、その処方の根拠となる診断基準に科学的信頼性が不十分なことが精神科では問題だということです。製薬企業にとっては販売する薬が売れればいいのであって、患者治療は眼中にないという恐ろしい非人間的な発想を筆者は危惧しています。こうなってくると、DSMやICDの改訂自体に実は製薬企業がからんでいるのでないかという疑念が起こります。もしも事実とすれば、今のアメリカ・トランプ政権のご都合主義的な自国第一の発想ときわめて似通っています。
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