「魚介類に寄生する生物」 〜奥が深い紹介

今医学部で寄生虫学講座(分野)を維持するところは非常に少なくなりました。日本の場合、アニサキスとか特定の寄生虫を除いて感染例が少なくなっており、学問としての重要度が相対的に低くなっているせいでしょう。感染症とか免疫関係とかの研究領域に吸収・包含されるところが多いようです。母校の寄生虫学教室も「感染症学」と名称を変え、感染症全般を広く扱う教室になりました。しかし、医学部の勉強として寄生虫学くらいおもしろい分野も少なかった。これは自分が子ども時代、昆虫採集が好きだったことも関係しているかもしれません。寄生虫はヒトの隙をどのように突いて感染するのか、そしてどうやって体内に定着するのか?寄生虫は動物で、細菌やウイルスとはまったく違うメカニズムがおもしろいです。また寄生虫を研究する大学の先生がこれまた個性的で、それも実におもしろかったです。昭和時代の古い雰囲気を残す先生が多く、いかにも「大学の先生」という感じでしたね。お金が常にないところもいかにも「大学の先生」ですが、お育ちが良いせいか上品な先生が多かったです。
さて今回の本は「魚介類」の寄生虫を扱っています。著者の長澤和也氏も医者でなく、広島大の水産学者です。まず動物分類に従った紹介。寄生虫は動物ですが、原生動物のような単細胞から節足動物のような高等で複雑な構造のものまで色々います。その次は寄生対象に分けての紹介で、貝類・甲殻類・淡水魚・海水魚などに分けて寄生の仕方を述べています。あとはトピック的に動物行動学的な観点、ヒトの生活にさまざまな影響を与える寄生虫の紹介がされています。まず驚いたのは、「いや、こんなに色々な種類がいたのね」です。医学部で教わる水産物から感染する寄生虫は全体のごく一部に過ぎないことを知りました。しかし、こんなにわんさかいるのか。アニサキスとかの少数の例外を除きヒトには感染しないだけで、知らず知らず結構な数の寄生虫を食べているのでないかと思います。特に日本人は魚介食が多く、かつ生で食べる機会も多いので、本当は感染してても気づかず「あれ、ちょっと調子が悪いな」くらいで済んでいることも多いのでないかと思いました。
節足動物の「ウオノエ」気持ち悪いですね。魚屋でイシモチの口とかに食い込んでいて、その大型ワラジムシの姿が不気味です。食べても問題ないとわかっていても、そのエイリアンみたいな姿が受け付けられません。
メカジキの切り身などに棒のような姿で食い込んでいるのは、「寄生性カイアシ」の仲間と知りました。「神経束にしてはやけに太いし、走行がヘン」と思っていたが、やはり寄生虫だったのか。噛むとゴムみたいにぐにょぐにょするので感触もとてもイヤです。

寄生性カイアシは外表から侵入し、皮膚を突き破って筋肉に頭を突っ込んでいます。ペンネラというそうですが、オエーっとなりそうな姿形ですね。これはとても節足動物に見えません。

甘エビを買うと、腹側に変な粒が付いていることがあります。ゴム球みたいな弾力性がありますが、フクロムシの仲間と知りました。

これも節足動物の仲間だそうですが、全然節足動物っぽくない姿形です。食べても問題ないとわかっていても、気持ち悪いです。
ニハイチュウは中生動物の一種で、高校や大学受験の生物でお馴染みの動物です。ニハイチュウは「二胚虫」の意味で、普通動物は内・外・中の3胚葉が基本なのに、ニハイチュウは内・外の2胚葉しかないのが特徴です。つまり筋や骨の起源となる中胚葉がありません。

タコやイカの腎臓に棲む小さな寄生虫で、尿細管に頭を突っ込んでいます。タコは普通でもかなりの数が寄生しているそうですが、人体には無害です。

胞子虫の仲間の「クドア」は最近判明した寄生虫かと思っていましたが、本書によると魚類への寄生はかなり以前から判っていたようです。ヒトへの感染はヒラメの刺身が有名ですが、養殖ヒラメでも感染例があり、腹痛や下痢が起こります。

星か花みたいで可愛いですが、とても小さいので肉眼では見えません。本書では「ジェリーミート」現象を取り上げております。魚の死後筋肉中のクドアからタンパク分解酵素が出て、肉が溶けてしまう現象です。クドアは冷凍すると死にますが、これでは売り物になりません。

アサリのような二枚貝で吸虫の仔虫(メタセルカリアのステージ)が感染すると、貝が砂に潜らずに表面を這い回って終宿主のシギなどの海鳥に食べられてしまう話は興味深く思いました。これ同じ吸虫の仲間のロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリとまったく同じですね。ロイコクロリディウムのメタセルカリアに寄生されたカタツムリは草や木の葉っぱの先に登ってしまい、やはり終宿主の鳥に食べられてしまいます。吸虫の仔虫が出す何らかの物質が貝類の脳神経系に影響するせいだと言われてますが、実に巧みな戦略です。本書では他にも寄生虫が宿主の行動様式を変化させて捕食の機会を増加させていると考えられる事例を紹介しています。動物行動学的にきわめて興味深いです。
(下はカタツムリのロイコクロリディウム)

顎口虫の話はほんのちょっとしか出て来ませんが、なんと1980年代に中国から輸入されたドジョウに混じって日本に拡がったと知りました。農薬などで減少したニホンドジョウを補うためだったそうですが、お陰様で飛んだ目に遭いました。今春もとうとうシラウオを食べることができませんでした。顎口虫の終宿主は中国では飼育ブタとのことですが、日本は専ら野生のイノシシでしょう。今後シラウオの生食は北海道のようにイノシシが棲息しない地域に限定されるかもしれません。本書では「将来にわたり注意が必要」とのみ書かれていますが、恐れられていたことは現実化しています。


私はこういう本が大好きで、とても勉強になりました。一般の医師にも寄生虫の広範な世界を知るという意味で、役に立つ本です。特に日本のように水産物を大量消費する国では、よく知っておいた方がいいです。
「魚介類に寄生する生物」 長澤和也著 成山堂書店 2008.4.28
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