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離島医療ヘリ遭難事故 〜荒川渓医師の死

ポワール


朝日新聞から引用します。

医療用ヘリが事故、海上で発見 6人搭乗、患者ら3人が死亡 長崎

2025年4月6日 18時15分(2025年4月7日 2時34分更新)


6日午後2時50分ごろ、海上保安庁に「長崎県対馬空港を出発した民間ヘリが消息不明」と通報があった。同庁によると、長崎県壱岐島沖の海上で転覆したヘリコプターを巡視船が発見。搭乗していた6人を救出したが、3人が死亡した。

第7管区海上保安本部などによると、見つかったのは「エス・ジー・シー佐賀航空」(佐賀市)が運航する医療搬送用のヘリ。同県対馬市から福岡市の福岡和白病院に女性患者(86)を搬送するため、付き添いの男性(68)や男性医師(34)ら計6人が搭乗し、同日午後1時半に対馬空港を離陸した。

 佐賀航空の担当者がモニター上で航跡を確認していたが、午後1時43分以降にヘリの位置が動かなくなった。巡視船が捜索したところ、午後5時すぎに壱岐島の北東約27キロの海上で機体を発見。ヘリのそばで緊急時に膨らむ浮体(フロート)にしがみついていた男性機長(66)と男性整備士(年齢不明)、女性看護師(28)を救出した。3人は意識があるものの、低体温症などの疑いがあるという。

 また、航空自衛隊の救難ヘリが機内から患者と付き添いの男性、医師の3人を救出したが、同病院に搬送時は心肺停止状態で、その後、3人とも死亡が確認されたという。


写真を見ると、黄色いフロートを上にしてヘリコプター機体が反転しています。別の記事も総合すると、ヘリコプター不調により機長が海面への不時着を試みたと考えられます。海面への激突ではなかったので乗員の脱出する時間があったと思われますが、患者、その家族、そして添乗の医師の3名が亡くなりました。事故状況の詳細はまだわかりませんが、添乗医師は患者救助のために機内に残り、落命した可能性があると思います。


 死亡した医師はヘリ搬送予定だった福岡和白病院所属の荒川渓医師(34歳)です。


2016年:長崎大学医学部卒業
2016年4月:福岡新水巻病院勤務(初期研修)
2025年現在:福岡和白病院勤務(脳神経外科)
資格:日本脳神経外科学会専門医日本脳神経血管内治療学会専門医
所属学会:日本脳神経外科学会日本脳神経外科コングレス


34歳という年齢からみて、脳外科医としていよいよ活躍が期待される若手主力だったでしょう。不慮の事故とはいえ非常に残念な話です。


 福岡和白病院は離島医療に力を入れていたようです。産経新聞の記事から引用します。

福岡和白病院の民間病院ヘリが離島医療に威力

2021/11/4 17:50


福岡市東区和白丘の福岡和白病院が、医療搬送用ヘリコプターを運航、離島や僻地の救急医療に威力を発揮し、住民らに感謝されている。九州各県には厚生労働省認可の「ドクターヘリ」があるが、民間病院が独自にヘリを運航しているのは、北部九州では同病院だけという。


■24時間365日医療


「硬膜下血腫の患者さんの緊急手術が必要です。ヘリをお願いします」

10月18日午後1時ごろ、福岡和白病院救急部に、同病院の西約60キロの距離にある離島、壱岐島(長崎県)の病院から、緊急連絡が入った。

医療搬送用ヘリ「ホワイトバード」の出動だ。その直後、待機していたパイロットと整備士に加えて医師、看護師の4人が10階屋上に設置されたヘリポートに飛び出して行く。壱岐島までは、片道約20分。92歳の男性患者と家族を乗せ、同病院に戻ってきたのは同1時55分。検査を終え、すぐに実施した手術は同5時には無事終了、病室は安堵感に包まれた。1人の患者の命が救われた瞬間だ。

「24時間365日医療」を掲げる同病院が医療搬送用ヘリを導入したのは平成20年7月。現在の病棟が建設された際、長崎・対馬出身の医師が「離島や遠隔地の急患の命を救うにはヘリが大きな役割を果たす」と提言。九州で初めての民間病院のヘリ導入となった。

対馬、壱岐など東シナ海の離島は長崎県所属ですが、地理的には福岡県の方が近いです。離島住民には非常に頼もしい病院だったでしょう。

現在の出動は壱岐島、対馬の患者搬送が中心。また、福岡和白病院を中心にした新小文字病院(北九州市)、新行橋病院(福岡県行橋市)、福岡新水巻病院(同県水巻町)、新武雄病院(佐賀県武雄市)の系列5病院相互の患者や医師搬送でも活躍。入退院する患者にも使われるが「搬送は無料」という。


■柔軟な運航が可能

これまでに心室細動を起こして倒れた登山者やゴルファーを現場から搬送したこともあった。昨年の出動はコロナ禍のため移動自粛などがあり52回にとどまったが、例年は100回前後の出動。ヘリ運航の諸経費は年間1億6千万円程度。福岡和白病院を中心に九州・山口、関東で27の医療系施設を運営するカマチグループ会長で、ヘリ導入を決断した蒲池(かまち)真澄氏は「採算は度外視してやっている。命が救われればそれでいい」と語る。

民間病院の事業のため、国や県が消防と連携して行っているドクターヘリなどとは異なり、柔軟な運航が可能だ。

今年8月に対馬で発作を起こした重症の1歳児は、長崎県の要請で自衛隊ヘリによる搬送となった。しかし、着いた海上自衛隊大村航空基地(長崎県大村市)周辺の病院では治療できず、結局、陸路で福岡市の福岡こども病院に搬送するしかなかったという。「これでは手遅れになる可能性がある」として、福岡こども病院は今後、福岡和白病院にヘリ出動を要請することにしたという。

「命と痛みに全力」をモットーにする福岡和白病院。医療搬送用ヘリの活躍の場は今後も広がりをみせそうだ。(永尾和夫)

病院グループ会長の蒲池真澄氏は九大医学部卒で、江戸時代から医業をする蒲池家の9代目当主と出ています。新興の病院グループですが、信念をもって運営しているのでしょう。


 ヘリ運航の委託を受けている佐賀航空は去年7月にも墜落死亡事故を起こしていました。テレビ西日本から引用します。

【続報】医療搬送ヘリ事故 運航会社は去年7月にも墜落事故起こす 病院は一時運航取りやめも 院長「悲痛の極み」 福岡

4/6(日) 21:25配信


〜前略

佐賀航空をめぐっては去年7月、運航するヘリコプターが福岡県柳川市で墜落しパイロットなど2人が死亡する事故が起きています。

佐賀航空側は会見で、去年7月の事故の原因は特定できていないとしながらも、その他の機種についても再発防止、訓練を実施して業務を行っていたと説明しました。


また、病院側によりますと15年ほど前から佐賀航空に運航を委託していましたが、機体の整備や去年7月の事故のため、一時運航を取りやめ、11月に再開していたということです。

富永隆治院長は「事故は本当に悲痛の極み。大事な患者さん、病院スタッフを乗せて、安全であるという説明をうけて大丈夫だと判断したが、甘かったかなと思う」と話しました。

柳川の墜落事故では、ヘリコプターが大きく3つに分かれて墜落しており、機体が空中分解したと考えられています。今回の壱岐沖墜落事故の原因ははっきりしませんが、ヘリコプターは事故が多いですね。


 荒川渓医師に関してはいろいろなエピソードが語られています。沖縄タイムズから引用します。

荒川さんが勤務する病院のホームページによると、荒川さんは長崎大出身で脳神経外科などの専門医資格を持つ。学生時代を知る長崎市の男性は、水泳に打ち込む様子が印象に残っているといい「大会の審判なども引き受けてくれ、真面目な青年だった」と話した。

荒川医師は大学時代水泳部で泳ぎが得意だったと思われ、死亡は患者救助と関係しているのでないかと推測できます。

 読売新聞からです。

患者搬送ヘリ事故で死亡の医師に手術を受けた男性「命を助けてくれた恩人がまさか」…同級生「ただただ残念」

4/8(火) 10:10配信


 「命を助けてくれた恩人が、まさか……」。亡くなった荒川渓さんが担当医だったという長崎県対馬市の会社員男性(63)は声を絞り出した。

 会社員は2年前に長崎県対馬病院を受診した際、くも膜下出血の疑いがあるとして、ヘリで福岡和白病院に搬送された。荒川さんの手術で一命を取り留め、退院後も2か月に1回、同病院で診察を受けた。

 「いつも温和な表情で、『元気ですか』『具合はどうですか』と心配してもらった。本当にいい先生で、これから多くの人を救ってくれたはずだっただけに悔しい」とうなだれた。

 小中高校の同級生という会社員男性(34)によると、荒川さんは鹿児島市内の小学校に通い、卒業文集では「やさしい医者になりたい」とつづっていた。誰にでも分け隔てなく接し、ユーモアもあってクラスの人気者だった。中学、高校は鹿児島県内屈指の進学校に自宅から約1時間かけて通い、卒業後は長崎大医学部に進んだという。男性は「患者の命と向き合う中の事故で、ただただ残念。最後まで救命行為を行っていたことを誇りに思う」と話した。

 別の同級生の会社員男性(34)は今年2月に酒を酌み交わし、目の前の患者をどう助けるかについて熱心に話していたのを覚えている。「実力もあり、一生懸命だった」と悼んだ。

荒川医師が周囲から慕われ、尊敬される存在だったことがよくわかります。

鹿児島県内屈指の中高進学校といえば、鹿児島ラサールしか考えられません。調べるとやはりそうでした。

南日本新聞から引用します。

夢をかなえた人気者が…長崎県壱岐島沖・医療ヘリ墜落事故で亡くなった医師 早すぎる死に、同級生や恩師はショック隠せず

4/9(水) 6:30配信


医師になりたい」。長崎県壱岐島沖の医療搬送用ヘリコプターの事故で亡くなった男性医師(34)は、鹿児島市で過ごした小中高校時代の夢を実現し、地域医療に情熱を傾けてきた。「明るく、いつも周りに人が集まってくる人気者だった」。同級生や恩師らは突然の死を悼んだ。

小学校の担任だった教諭(59)は「負けん気が強く、勉強も運動も何でも一生懸命な子だった。とても優しくて、周囲から信頼されるリーダー的な存在だった」と振り返る。

 グループ学習で特別養護老人ホームを訪れ、交流した内容を発表した時の姿が記憶に残っているという。医師になる夢をかなえた教え子の早すぎる訃報に「残念だ」と悔しがった。

 ラ・サール中学・高校で教科担任だった60代男性教諭は「きれいな字が印象的で真面目な生徒だった。患者に寄り添い続け、模範のような医師だっただろう」と惜しんだ。笑顔が絶えない明るい性格で、級友が集まってくるクラスの人気者だったという。「彼と接した他の教員らも突然の訃報に驚き、ショックが隠せない様子だ」と話した。

 高校時代に同級生だった医師(34)は「同じ環境の仲間で、ただただショック」と声を落とした。「最後まで患者に寄り添って頑張ったのだろう。誇らしく思う。ゆっくり休んで」とねぎらった。自身もドクターヘリに搭乗している。「新たな犠牲者を出さないためにも、関係機関に事故について伝えてほしい」と原因解明を求めた。


 医師向けサイトに荒川医師を知る方々から彼の死を悼む声が出ておりました。

荒川渓先生は、私の母校、ラ・サール高校の後輩(58期生)でした。

卒業生名簿をみると、同じクラスから長崎大学医学部に進んだ方や、現在九州大学の脳神経外科で活躍されている先生もおられました。

直接の面識はありませんが、34歳という若さで、優秀な人材を失い、残念でなりません。

救命の最前線でご尽力されていた荒川先生に深い敬意を抱くとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

以前同じ病院で働いたことがありました。

科は違いましたが、後輩の私にも気さくに接してくださり、皆から愛されていました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

数年前まで亡くなった先生と一緒に毎週ERを守っておりました。

今時の若手には珍しく医療に真摯なイケメン先生で大変優秀でした。人当たりも柔らかく優しい。コミュニケーション能力も申し分なく気が利く。他科やパラメディカルとも仲良し。かと言ってクソ真面目ガリ勉では無くユーモアがあって陽キャ、茶目っ気がありイタズラもする全てにパーフェクトな先生でした。ニュースを聞いて本当に残念でなりません。お悔やみ申し上げます、というかそんな儀礼的な言葉では表現出来ません。なぜ彼なのか?

研修医の時数か月でしたが共に仕事をしてきました。和白病院の患者搬送用ヘリが墜落、30代医師が心肺停止と聞いても、画面越しのニュースであり他人事と思っておりましたが、翌日のニュースで名前が報道されたときは「えっ!?!?」と言葉が出ませんでした。しかし、どのネット記事を見ても同じ名前が記載されており、しかしそれでも信じられませんでした。いまだに信じられません。人柄は闇深先生がおっしゃる通りで誰からも愛されるような、先輩からはかわいがられるような、患者からは親しみやすいような方でした。医師としても優秀で、まさかこんなことで名前を見るとは思ってもいませんでした。

目を閉じると、冗談だよー、と意地悪な笑顔で目を細めてにやにやしている姿が浮かびます。しかし現実でした。非常に残念です。

80代の人のための治療は必要ない、などの様々な意見を目にしますが、患者背景など考慮して治療が必要と判断し搬送に同乗した彼の判断は間違っていなかったと思います。高齢者医療に対して現場で思うところは様々だとは思いますが、今回のケースでそこだけはどうか否定してあげないでください。


まだこれから一層の活躍が期待されていたのに、道半ばにして命を絶たれてしまった荒川渓医師のご冥福をお祈りしたいと思います。また離島医療の支えがなくならないよう、事故原因の究明もしっかりおこなっていただきたいと思います。

日常考えたことを書きます