「オネアミスの翼」 〜ガガーリン大佐とソ連の追憶

相当に昔のアニメ映画で知らないひとも多いと思うので、wikiから簡単に引きます。
王立宇宙軍 オネアミスの翼
1987年に公開された日本のアニメーション映画。GAINAX製作。
1950年代の地球に似ている「もうひとつの地球」にある「オネアミス王国」、正式国名「オネ・アマノ・ジケイン・ミナダン王国連邦」が舞台となる。王立宇宙軍の士官シロツグが史上初の宇宙飛行士に志願し、仲間とともにロケット打ち上げを目指すというファンタジー・SF作品。
バンダイが初めて制作した映画作品である
僕が初めて見たのは1990年代になってから、レンタルビデオでした。一目見て大いに引き込まれ、何度かレンタルしました。地球に似た架空の惑星の架空の国といったって、どうみても1950年代のソビエト連邦を模しています。主人公の宇宙軍のシロツグ・ラーダットはぐーたら士官でしたが、ある切っ掛けで人類初の有人宇宙船への搭乗を目指すことになります。これまたどうみても、人類史上初の有人宇宙飛行をしたソ連のユーリ・ガガーリン大佐を模しています。登場人物をwikiから引きます。
シロツグ・ラーダット
声 - 森本レオ[注 2]
宇宙軍士官第2期生で、階級は中佐(劇中で昇進し大佐)。宇宙飛行士候補。21歳。身長171cm、体重62kg。
中流家庭で平凡に生まれ育つ。学業の成績から水軍パイロットへの夢は諦め、仕方なく入った宇宙軍で漫然と過していた。
歓楽街でリイクニから宗教勧誘のビラを受け取ったのをきっかけに宇宙戦艦パイロットへ志願し、様々な訓練やトラブルを乗り越えながら史上初の宇宙戦艦(有人人工衛星)パイロットとなる。
リイクニ・ノンデライコ
声 - 弥生みつき
17歳。身長165cm、体重52kg。B78・W61・H88。
不仲な両親にないがしろにされ、熱心な宗教家の祖母に育てられた。祖母が外国系のクォーター。
親族が所有する郊外の一軒家でマナと暮らしていた。しかし親族が借金をしていたせいで家が取り壊されてしまい、その後は近くの教会に身を寄せる。
心の在りようを現実世界ではなく、外国系の宗教の信仰に置いており、歓楽街の路上でビラを配って布教活動を行っている他、劇中でも数度祈りを捧げるシーンがある。信心深いが浮世離れした性格の持ち主でもあり、欲情して自身を押し倒したシロツグを殴って気絶させてしまった際には、怒るどころか逆に自省の弁を語り、却って彼を困惑させてしまう。
シロツグがロケット発射場へ向かう直前、行先を告げずに「行ってきます」と笑顔を見せる彼を、同じように笑顔で見送った。
ぼんくらなシロツグはエリートからほど遠い能なしですが、リイクニ・ノンデライコに良いところを見せたい一心で、宇宙飛行士に志願します。しかし宗教にのめり込むノンデライコはシロツグの恋情などまるで無関心。今時なら統一教会の信者みたいなアブナイひとで、「いったいこのカルト少女のどこがいいのか?」と思います。抗いがたい不幸な育ちしか知らないひとは、救いを宗教に求めて狂っていくとよく言いますが、まさにそれ。しかし、シロツグはリイクニへの下心から次第に離れて有人宇宙飛行の完遂自体にひかれていきます。モデルとなったガガーリン大佐はソ連空軍の中でも超優秀なパイロットでしたが、シロツグの不器用な生き方はなんともいえない魅力があります。
またこの有人宇宙飛行計画はオネアミス王国陸軍からしたら「お荷物」の存在で、宮廷王族の趣味につきあっただけの存在です。ていよく計画を終了させるため、わざと敵対する共和国との国境の目と鼻の先に発射場を設置します。宇宙船を餌にわざと共和国に攻め込ませ、この際徹底的に叩くというオネアミス王国軍の陰謀というわけです。それ以外にも、どうしようもない人間の欲望や野心をいろいろ描きながら、最後の有人宇宙飛行成功へと行き着きます。おそらくガガーリンも見たであろう、太陽のまぶしい光から解放されて見えてくる青い地球。そこに輝く首飾りのように見える都市の明かり。本来宗教に関心がなかったはずのシロツグは畏敬の念に打たれ、祈りを献じます。
「罪深い歴史の果てに海や森と同じく神の領域だった宇宙に人類は初めて到達しました。どうかみなさん、人間がここに到達したことに感謝の祈りを捧げてください。どうか(神の)お許しと憐れみを。我々の進む先に暗闇を置かないでください。罪深い歴史のその涯に揺るぎないひとつの星を与えておいてください。」

古代ギリシャ時代からの人類の歴史の数々の光景が回想されます。戦争もその中でメンインテーマです。人間の数々の行為、ほとんどがくだらないもので宇宙の歴史からみたら、ゴミほどの意味すらないです。くだらない欲望で残酷な行為を繰り返し、そしてそれに一向に反省しようとしない。まあ人類など絶滅した方が宇宙のためでないかと思いますが、、一方崇高な理想を成し遂げようとするある意味での宗教心も持ち合わせているのも人類です。
映画が公開された1987年といえば、日本のバブル時代の頂点でした。街ゆく人々は浮かれて大騒ぎ、盛大なムダ遣いこそが最大の美徳だった時代でした。その時代に「よくこんな映画出したな」と今にして思います。この映画のモデルとされた1950年代のソ連はまだまだ生活が貧しく、厳しい自然を相手に必死に戦う生活でした。しかしそういう大変な生活の中でも理想を見失わず、ひとつの目標にみんなが心を合わせていく。ガガーリンの有人宇宙飛行の成功は遠く北極に輝く星みたいなものだったでしょう。願わくば今のロシア人が70年前のご先祖さまたちの偉業に思いをはせ、ウクライナでの残酷な戦争をただちにやめてほしい。そう願わずにはいられません。
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