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「ノミはなぜはねる」とパクチー(佐々学先生、1916-2006)

シラミやトコジラミ 〜復活する「南京虫」


表題が長くなってしまったのですが、佐々学先生のwikiを見ると著書一覧に「ノミはなぜはねる」が出てないことに気づきました。これ佐々先生の著書の中でも名著だと思うのですが、もう過去の本なんでしょうかね?


 佐々(さっさ)先生はこの本で知りましたが、私は直接会ったことがありません。後年、大学で佐々先生のお弟子さんのひとり、加納六郎先生(当時東京医科歯科大教授、1920−2000)の特別講義を受けましたが、その膨大な寄生虫写真のコレクションには度肝を抜かれました。おそらく東大・伝研時代を中心に収集されたものでないかと思いますが、あれ何処かで保存されているのでしょうか?
 話は横に逸れてしまいますが、加納先生は千葉県一宮にあった一宮藩・藩主の加納家の末裔で、そのためか旧制千葉医科大学(現在の千葉大医学部)の出身でした。甥に横国大教授だった青木淳一先生(ダニ研究)とフランス料理の有名なシェフだった春田光治さんがいます。春田さんについてはいずれ別項でまた書きます。


 話は戻りますが、佐々先生は戦前の東京帝大医学部を卒業されて、伝研に入られます(伝染病研究所のことで、今の東大・医科学研究所の前身)。衛生動物を専門にされています。衛生動物というとキレイ好きの動物かと思われちゃいますが、そうじゃなくて「衛生に害をなす動物」の意味です。カとかノミとかシラミとか、果てはドブネズミとかゴキブリとかか弱い女性(死語、というか差別語)がきゃあきゃあ言いそうな生物。ノミの成虫は普段砂中に潜んでじっとしており、吸血できる動物が近づくと出て来て飛びつく。じゃあ、何を察知してノミが飛び出てくるか?です。普通に考えると足音かな?ですが、そんなの関係なし。臭いも関係なし。じゃあ、哺乳類は暖かい動物だから赤外線検知?というと、そうでもなし。昆虫類は紫外線を検知できますが、ヘビと違って赤外線は検知できないらしい。結局空気中の二酸化炭素濃度の変化なんですね!佐々先生はそれを実験的に調べて解明したのが、本の表題になりました。他にも八丈小島での日本で唯一のマレー糸状虫の発見とか興味深い話が多数あるので、是非読んでほしい本です。
 さてその中で第二次世界大戦中だと思いますが、タイ・バンコクの現地調査に日本から軍の要請で行った時、食事した話が出ています。店で美味しそうなカレーが運ばれてきて一同口にするも、全員むっとしてそれ以上食べない。佐々先生も食べて、その味というか強烈な匂いに「何だこれは!」と思ったようです。原因はパクチーなんですね。しかし、佐々先生はそこで思い切って頑張って食べたことで、戦後も含めて東南アジアに親しんでいく原点となったというようなことを書いていました。
 確か「カメムシのような」と形容されていたと思いますが、1970年代初頭の私は全然食べたことがなく、如何なる味か想像もできませんでした(臭いというからウンコみたい??)。その後もずっと食べる機会がなかったパクチーですが、ついに機会が訪れました。それは私が大学合格した記念で親戚のひとたちと集まって会食した時で、1980年代早々でした。西麻布にある「北海園」という北京料理の店で、今でもあります。北京ダックが有名で当日のメインでもありましたが、その前の前菜の中に挽肉を炒めた料理の上にぱらっと緑色の野菜がかかっていました。一口食べて、「なるほど、これがきっとパクチーだな。確かにカメムシっぽいけど、料理に合うじゃないか」と思いました。しかし、父親などは帰った後で「あれ、臭くてあんまり美味しくなかったよ」と申していたので、一般的な日本人の舌には受け入れにくいものなのでしょう。


 その後も日本ではあまり見掛けないハーブでしたが、1990年初頭に留学したパリでは一挙にお馴染みになりました。パリ13区には1970年代終わりボートピープル難民でフランスに渡ってきた中国系ベトナム人が、巨大なチャイナタウンを形成しています。そこで食べる料理の多くに香菜、すなわちパクチーがふんだんに使われていたのです。特に美味しいと思ったのは鶏スープ系の澄んだ汁の麺に掛けてある時です。その香気が鶏肉とよくマッチしました。13区の中華スーパーでもパクチーは沢山売っていたので買いましたが、これまた一束の分量が異常に多かったです。仕方ないので何でもばさばさ掛けてサラダのように食いましたが、あんまり多すぎるとまずいというのは違うけど、なんか味が違って感じられました。何でかな?
 もうしかし、今の日本でパクチーはすっかりポピュラーになりました。勤務先の駅中にあるJA直売コーナーでも、まるでセリみたいにたくさん野菜売り場で売ってます。僕もしょっちゅう買って帰って、家で食べます。チャーハンとかカレーにもいいですが、やっぱり澄んだスープのラーメンに掛けるのが、一番香りが立つ感じで好きですね。少し前ですが、NHKの「うまいっ!」でパクチーが紹介されていました。岡山県産ですが、栽培するパクチーは日本人向けに香りが少しマイルドな品種だそうです。「そうかあ、どうもパリで食べた時みたいな強烈さがないと思ったら、そういうことなのか」と思いました。日本に順化してすっかりマイルドになったパクチーですが、これなら佐々先生が同行した戦時中の日本の医務官さまたちも、違和感感じずに済んだかもしれませんね。


追記:
佐々先生がバンコクでパクチ入りのカレーを食べた時の逸話ですが、どうも自分の記憶に懸念がありました。そこで古書を通販で入手し、改めて読み直したところ間違っていました。第二次大戦後の1957年、第9回太平洋学術会議に日本学術会議から派遣された時の話でした。しかしパクチの経緯は、上記した通りでした。今みたいにエスニックが町中に溢れている日本の現状からみると、今昔の感があります。


「ノミはなぜはねる」佐々学著 新宿書房 1970