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「旧制高校物語」―難関大受験事情はここ100年以上ほぼ変わらず

「独立の気概」根井雅弘 〜東から京大に行く人、エール送ります


あっという間に年の瀬、いやあと2日となりました。いつも忙しいですが、今年は特に多忙でした。楽しいことなら忙しくても苦になりませんが、嫌なことだとほんとに心底疲れます、というか心が折れてやる気がなくなります。


 そういうわけで、更新が完全に停滞しました。この間も本だけは少しずつ読んでおりました。旧制高校は残念ながら我が家とほとんど関係ありません。唯一、義父が旧制一高出身ですが、話をする機会なく他界しました。昔テレビで旧制高校の寮歌祭?とやらで、おじいさん達が高下駄履いた袴姿で集まり、何やらがなっているのを見た程度です。作家・田辺聖子も故人となりましたが、友だちの集まりで昔話が出て「ナンバースクールに入りたかった」とぼやくシーンが随筆に書かれていました(つまり田辺聖子の友だちにナンバースクールに入った者はいなかった)。ナンバースクールとは旧制高校でも設立が早く、数字で番号を振られた学校のことです。一高(東京)、二高(仙台)、三高(京都)、四高(「しこう」と読む 金沢)、五高(熊本)、六高(岡山)、七高(「しちこう」と読む 鹿児島)、八高(名古屋)の8校です。旧制高校は他にも静岡高校や高知高校、松本高校といった地名がついた高校もありましたが、それらと比べて歴史があり難易度がより高かったようです。


 この本は旧制高校の誕生から戦後の終焉まで、丁寧に取材しています。幾つかなるほどと思った記述があります。まず旧制高校の中で、一高が飛び抜けて合格最低点が高くそれに三高が続きますが、一高とは有意差があったことです。旧制高校=旧帝大ではありませんが、やはり一高→東京帝大が圧倒的に多く、同じように三高→京都帝大が多いです。現在の受験偏差値でも、東大・京大が他大を圧倒し、かつこの2校で比べると東大が京大に差をつけています。受験偏差値はどちらかというと合格中央値より最低点に合わせて算定されるので、昔の一高・三高の関係と極めて似ていますね。また一高が「自治」による規律、三高が「自由」を標榜した点も、現在の東大・京大の学風の違いとよく似ています。


 他の旧制高校はこの2校と比べるとかなり低く、かつ大同小異でそれほど極端な差はなかったことがわかります。ただ地方の旧制高校では受験科目を減らしたりして(文科で数学をはずすなど)、受験生を集める傾向があることは、現在地方国立大が二次軽量型の入試であることと似ています。いずれにしても旧制高校の全定員数は相当年齢男子の1%前後で、1校あたりの定員は数百人で少なく、基本的に何処も難関でした。その中でもずば抜けて難関だった旧制一高に入った義父やそのお兄さん(義伯父)は、かなりすごかったんだなと今更ながら思いました。


 戦後の教育制度改革で旧制高校が消滅した経緯も興味深いです。勿論GHQの圧力が大きかったですが、大学や旧制高校に在職する日本の教育関係者でも旧制高校の制度維持に賛成でなかった者もそれなりにいたことを知りました。旧制高校の教育は今でいう大学教養部相当です。しかし旧制高校の語学重視は大学教養部よりずっと強かったようです。要は欧米からの科学知識導入に主眼を置いたせいでないかと思われます。戦前の帝国大学は東大と京大を除くと、圧倒的に理科系重視です。科学教育の基礎としての外国語学があったのでしょう。現在の国立大学では教養部は東大や北大・東京医科歯科大といったわずかな大学を除いて廃止され、教養教育の比重が非常に低下しました。代わりに教養部を再編した学部(京大の総合人間科学部など)が作られましたが、他の学部とは独立関係になりました。教養部の廃止は文科省の方針ですが、旧制高校廃止の動き以来連綿と続いてきた傾向と言えるかも知れません。ただ本書にははっきり書かれていませんが、旧制高校の廃止には学生運動も関係していたのでないかと感じます。昭和に入ってから各校とも反体制的な学生争議が度々起きていて、検挙・逮捕や退学・放校処分が頻発しています。その傾向は戦後も継続しており左翼主義の色彩も強まっていると書かれています。こういった動きを文部省などが警戒・懸念したのでないかと僕は思いますが、如何でしょうか。実際1960年代〜70年代は学生運動が頂点に達しました。


 戦後になって旧制高校が女子受験生にも門戸を開きました。そういう女子学生も本書で紹介されていますが、永畑道子さんを除いて卒後は割合地味な活動に留まったと記されています。戦後間もなく旧制高校は廃止されたので女子卒業生はわずかですが、その中で私の目を引いたのは、「岡田瑛」さんです(旧姓「脇」)。本書では略歴のみ示され、京都帝大理学部動物学科に入学と書かれていますが、見てすぐ「岡田節人夫人」と気づきました。日本の発生生物学の泰斗、岡田節人先生の奥様です。私もお目に掛かったことがありますが、こういうご経歴とは知りませんでした。


 旧制高校は戦前のエリート教育の最たるものですが、軍国主義の一因とされたことは間違っていると思います。しかしその後の高等教育大衆化を考えると、廃止は時間の問題でやむを得なかったのかもしれません。もしも今残っていたらどんな教育がおこなわれていたかと夢想してしまいます。


旧制高校物語 秦郁彦著 文藝春秋社 2003.12