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柳沢正史筑波大教授「ラスカー賞」受賞 〜ノーベル賞が近い

ポワール

柳沢先生のニュースでラスカー賞受賞です。TBSテレビの報道を引用します。

米医学最高権威「ラスカー賞」を日本人4人が受賞 ノーベル賞の登竜門

2026年9月10日(木) 04:05


“ノーベル賞への登竜門”と言われ、アメリカで最も権威がある医学賞「ラスカー賞」の受賞者が発表され、筑波大学の柳沢正史教授ら、日本人4人が選ばれました。

ラスカー財団は9日、今年のラスカー賞を発表し、基礎医学部門で睡眠と覚醒を調整する脳の神経伝達物質「オレキシン」を発見した筑波大学の柳沢教授がスタンフォード大学の教授とともに受賞しました。

また、臨床部門では、血が止まりにくい病気である血友病の治療薬を開発した中外製薬の服部有宏元シニアフェロー、北沢剛久さん、井川智之さんの3人が選ばれました。

ラスカー賞はノーベル賞への登竜門と言われ、ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授などがこれまでに選ばれています。

授賞式は17日にニューヨークで行われます。

言うまでもなくラスカー賞(アルバート・ラスカー医学研究賞)は生命科学、医科学領域の権威あるアメリカの賞で、ラスカー財団によって運営されています。受賞者が後年少なからずノーベル賞を受賞するため「登竜門」という表現になってますが、独自の視点で受賞者を選んでいると思います。しかし、柳沢さんがまだ受賞してなかったとは知りませんでした!


 ヤフコメですが、先にとんまヤローのコメントです。

min********


ラスカー賞受賞、本当におめでとうございます。

柳沢先生のオレキシンの研究は、睡眠研究の歴史を変えたと言っても過言ではないですよね。確かオレキシンという名前も、英語の「ore=眠る」から付けられたんだったと思います。

しかもオレキシンは「眠くなる物質」ではなく「起きているための物質」だったというのも面白いです。つまり人間はオレキシンが切れると眠るわけで、睡眠とは脳がオレキシンを充電している状態とも言えます。

日本の研究者や製薬会社がこうやって世界的な賞を取るのは素晴らしいことです。ラスカー賞はノーベル賞の前哨戦とも言われていますし、今回の柳沢先生もノーベル生理学・医学賞にかなり近づいたのではないでしょうか。

それにしても、睡眠の研究からポケモンのゲームまで繋がるとは、研究って本当に面白いですね。

は?ore=眠る?なんの話だ?「睡眠の研究からポケモンのゲームまで繋がる」って、柳沢さんはポケモンについてなにかコメントしてるの?さっそく突っ込みが入ってます。

sug********


知ったかぶりの過ぎる自称エキスパートのヤフコメ… たぶんAIに聞いてハルシネーションをもろに喰らってるんだね (共感したの多さも気持ち悪い!!)

当初オレキシンは食欲を司るホルモンとして発見され、発見者の1人でもある櫻井氏は夢の痩せ薬の開発にも繋がるか!? ということで欧米ファッション誌の表紙にも載ったくらい。当時はまだ眠りに関係するなんて明らかにはなっていなかったはず。その後、半分偶然にこの物質 (分子) が眠りに関係していることが明らかになり、謎の多かった眠りという分野の研究が急激に進むきっかけともなった。柳沢さんは他にも新規分子を見つけたりこれ以外の世界的業績もあって、独創性とかインパクトという意味でいつノーベル賞とってもおかしくないと思っています。

k_e********


英語の「眠る」ではなく、ギリシャ語で「食欲」を意味する「orexis(オレクシス)」からきているそうです。当初は食欲をコントロールする物質だと思われていたため、この名前がついたみたいですよ。英語ならsleepなので変だなと思いました。

最近AIの提示文を鵜呑みにしてあたかも自分が書いたかのように蕩々と書くヤカラが多いけど、知ったかぶりは恥ずかしいからやめなさい!


 オレキシンは当初「食欲の制御因子」として命名されましたが、夜行性のマウスがオレキシンをKOされると夜の活動時に(食事など)突然寝てしまって中断することから誤ったものです。オレキシンの発見はその受容体発見から始まっています。簡単に経緯を引用します。

オレキシンの発見と歴史


 オレキシンが発見された経緯には、アメリカ政府が1990年から行った「ヒトゲノム計画」が大きく関係しています。人の細胞に含まれている核の中に含まれるDNAの情報をすべて調べるという膨大な研究計画であり、予定された期間は15年間、予算は30億ドル(当時のレートで4800億円)というビッグプロジェクトでした。予定された期間よりも早期の2000年には、ヒトのDNA情報の90%以上が明らかになりました。

ヒトゲノムの解析が進むにつれて、未知の「Gタンパク共益役型受容体」がたくさん発見されました。何を行っているのか、何がリガンドなのかわからない受容体がたくさん見つかったのです。先に受容体だけがわかり、対になるリガンドが見つからずに迷子になってしまったこれらの受容体は「オーファン受容体(orphan : 孤児の)」と呼ばれました。リガンドが見つかれば細胞レベルで起こっていることがわかるため、このリガンドの捜索は、ヒトゲノム解析と並行されながら、各国の研究者たちの徐々に解明されていくことになりました。

 数あるオーファン受容体のうちの一つ、脳の視床下部外側野という場所の脳細胞に多く見受けられる受容体のリガンドが1998年に筑波大学の柳沢正司氏・桜井武氏らのグループによって同定されました。彼らはこのリガンドを「オレキシン:Orexin」と名付けました。このオレキシンはナルコレプシーという睡眠疾患に大きくかかわるのですが、発見当初は全く見当もついていなかったそうです。

オーファン受容体の中には今でもリガンドがはっきりしないものもありますが、オレキシンは幸運でした。

オレキシン受容体ノックアウトマウス

 筑波大学の柳沢氏らのグループは、オレキシン受容体が、遺伝子操作によって働かない(=ノックアウト)マウスの食事量に関する観察をしました。当初の予想では食事量が低下すると考えていましたが、食事量の変化は小さく画期的な発見という様子ではなかったそうです。

 ネズミは夜行性のため、食事をとっている様子を観察することができません。そのため暗視カメラを用いて深夜のネズミの行動も観察を始めたところ驚くべき行動が観察されました。なんと、毛繕いしていたネズミが急にぐったりと床に伏せて動かなくなってしまったのです。突然動かなくなり、数十秒した後に、何もなかったように動き出しました。脳波と筋電図を確認したところ、この短時間でマウスが眠っていたことがわかったのです。

 脳波と筋電図の情報からマウスはこの短時間で「レム睡眠」を行っていることがわかりました。実は眠った直後にレム睡眠が起こることは非常に珍しいことで、ナルコレプシーという睡眠疾患に特徴的な挙動です。ナルコレプシーについての症状は別の章に譲りますが、当たり前のように活動していたのに突然力が抜けて眠ってしまう状態(sleep onset REM )が、オレキシン受容体ノックアウトマウスで頻発しているということがわかりました。これをきっかけにナルコレプシーの症状は、脳の髄液内のオレキシン濃度が不足する場合や、オレキシンの効きが悪くなった場合に出現することがわかりました。

ヒトのナルコレプシーの患者においても、脳髄液内のオレキシン濃度が高頻度(約90%)で低下を認めることがわかり、現在においてもナルコレプシー(type1)の診断基準の一つとなっています。

1990年から開始された「ヒトゲノム解析プロジェクト」から、8年でオレキシンが発見され、その後数年足らずで、原因不明の眠り病だったナルコレプシーの原因物質である事が明らかになりました。筑波大学の柳沢氏らの研究功績は日本のみならず海外でも高く評価されておりノーベル生理学・医学賞の有力候補と目されています。

ナルコレプシーは学生時代に習い、「睡眠てんかん」の別名も聞きましたが、こういう機序だったとは!です。ヒトゲノム解読計画、私にとってその遂行自体には興味が持てなかったけど、こういう発見に結びついたことはこのプロジェクトの大きな成果の一つです。なおオレキシンは神経伝達物質ではなくパラクリンに近いホルモン作用で近傍のニューロンに効果を及ぼします。同じ視床下部から出るホルモンでもっと古くから知られているオキシトシンやバソプレシンにも同じようなパラクリン作用がありますが、その機序については神経伝達のシナプスほどには解析されてない気がします。


 私はここ数年、ノーベル生理学・医学賞で睡眠に関する解明が受賞するのでないかと思っています。このことを同僚と話すと、「受賞はまだ時期尚早でないか?オレキシンはナルコレプシーの決定因子だが、睡眠の問題はナルコレプシーだけではない」と言います。確かに睡眠は複雑な現象で、REM睡眠はそのごく一部に過ぎません。最近はクラゲみたいな脳・中枢神経系を持たない原始的な無脊椎動物にも睡眠があることが判り、睡眠は脳の問題だけではないことがはっきりしています。まだまだ未解明なことが多いです。


 例えば京大医化学教室を代表する早石修先生も、退官後大阪医大(現大阪医科薬科大)に移ってからプロスタグランジンと睡眠に関係した研究をおこないました。

早石博士らの早石生物情報伝達プロジェクトなどを通じた研究により、プロスタグランジンによる睡眠と覚醒の精妙なコントロール機構が明らかになりました。


プロスタグランジンD₂(PGD₂)による睡眠の誘発脳のまわり(脳脊髄液)で産生されたPGD₂が蓄積すると、脳の腹側表面にある受容体に結合します。これが引き金となり、第2の睡眠物質であるアデノシンが放出され、睡眠中枢を刺激して自然な眠りを誘発します。


プロスタグランジンE₂(PGE₂)による覚醒の促進同じプロスタグランジン類であっても、PGE₂は逆に覚醒中枢に作用します。ヒスタミンなどの神経伝達物質を介して脳をハッキリと目覚めさせる働きがあり、PGD₂とPGE₂のバランスによって睡眠と覚醒が調節されています。


科学史における意義1980年代前半、京都大学に在籍していた早石博士らのグループがラットの脳内に微量注入する実験からこの作用を見出しました。それまでプロスタグランジンは主に炎症や痛み、血流調節に関わる物質と考えられていたため、脳内で「眠り」を司る重要なシグナルであるという発表は、世界の研究者を驚かせました。この研究はその後、裏出良博博士(大阪バイオサイエンス研究所等)をはじめとする多くの愛弟子たちに引き継がれ、現在の睡眠医学や不眠症治療薬の研究へとつながっています。

早石先生は「酸素添加酵素」の発見で有名ですが、このプロスタグランジンと睡眠の研究も重要な仕事でした。ただ惜しいかな、プロスタグランジン生成と睡眠の発現の関係が今ひとつはっきりしません。その点、オレキシンは臨床的にも明確な治験が出ています。

pia********


私の息子は過眠症です。

オレキシンが出なくなったからだという原因ははわかりました。

しかし不眠症の治療薬は色々研究開発され発売されていますが、過眠症のお薬は無いんです。

オレキシンのことを発見されたことは素晴らしいと思いますが、その先のオレキシンを補う薬の開発、実用化を切に願っております。

fr******


柳沢氏が発見した「オレキシン」の拮抗薬のお陰で寝付きが改善しました。

それまで飲んでた眠剤では寝付けない事が度々あり、下手すると記憶がない状態での転倒とかもしてました。

ある日、YouTubeのトップ画面に出てきた柳沢氏が睡眠に関する疑問を簡潔に答える動画を見て、そこから更に調べていくとオレキシン拮抗薬がある事を知り、自分から医師に提案して薬を変えてもらい今に至ってます。睡眠のおける最大の謎は「何故、眠るのか?」という根本的な問題だそうで、その解明がなされる事と体内リズムが完全に壊れてしまった睡眠障害の改善薬なども期待しています。

suy********


「デエビコ」を二年間飲み続けています。依存性がほとんどなく人間の自然の眠りを誘発してくれる良い薬です。

初めて処方されたとき、精神科の先生から「ノーベル賞をとるかもしれないと言われている」と聞いていたので密かに注目していました。

ラスカー賞おめでとうございます!そして良い薬を開発ありがとうございます!

今までノーベル賞は睡眠に関係した仕事に与えられたことがありません。睡眠はまだ謎が多い生理現象ですが、オレキシンの発見は治療進展にも大きなブレイクスルーになったのでないかと感じます。その意味でも柳沢氏の受賞可能性はかなり高いのでないかと私は思います。

******


柳沢正史教授が「アルバート・ラスカー基礎医学研究賞」を受賞された。おめでとうございます。

柳沢氏は、これまで「生命科学ブレイクスルー賞」(賞自体の歴史は浅いが、賞金額や注目度の大きい賞)や「クラリベイト引用栄誉賞」(この賞の受賞者はノーベル賞の有力候補と見做される)などを受賞されていたが、今回ラスカー賞を受賞されたことで、いよいよノーベル賞も近づいてきた、と見て良いのだろう。

尚、余談になるが、これまでノーベル賞の自然科学三部門の受賞者の出身高校は、圧倒的に公立高校であり、私立の中高一貫校出身者としては、灘中・高卒の野依良治氏がいらっしゃるだけであったが、もし柳沢氏が受賞した場合、初の「男子御三家出身」と言うことになる(氏は、武蔵中・高卒)。今後のノーベル賞発表の際の楽しみがまた増えた。

柳沢さんは私立武蔵中学・高校を卒業し、筑波大医学専門学群に進学しました。当時武蔵は東大合格者で圧倒的で、理科三類合格者も多かったです。しかし、柳沢さんは敢然として筑波大に進みました。その理由が「眞崎知生先生が筑波大の教授だったから」と聞きます。また当時の東大にはいなかった遺伝子クローニングを扱う研究者が筑波大にいたことも大きかったと聞きます。眞崎先生は東大薬理学の出身で筋収縮を研究してました。しかし柳沢さんはそこから血管平滑筋の収縮という独自の研究に入り、エンドセリンというまったく新しい平滑筋収縮因子の発見をしました。

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柳沢先生はオレキシンの発見の前に、エンドセリンという血管収縮作用を持つ物質を大学院生の時点で発見されてます。

エンドセリンも一世を風靡した物質で、それだけでも十分凄いです。

maj********


その時も時代の寵児となり、将来のノーベル賞候補と言われましたね。学内では『変わり者』として評判でしたが、その後のオレキシンの発見といい、やはり、お行儀のよい努力型秀才と異形の天才の違いを明確に表しているように感じます。

うーむ、変わり者だったのか。私は部外者のせいかそういう印象をあまり受けませんが。柳沢さんはこの後アメリカ・テキサス大の研究所でこのエンドセリンの仕事の続きをおこない、画期的な発見をしました。

 エンドセリン(Endothelin)は、筑波大学大学院在学中の柳沢正史(やなぎさわ まさし)博士らによって1988年に発見された強力な血管収縮作用を持つペプチドホルモンです。


発見の概要と結腸との関係柳沢博士らの研究グループは、遺伝子ノックアウト技術を用いてエンドセリンやその受容体(エンドセリンB受容体など)を働かなくさせたマウス(ノックアウトマウス)を作製しました。その結果、以下の重大な事実が明らかになりました。

巨大結腸症の発症: エンドセリン系の遺伝子が欠損したマウスは、生まれつき大腸(結腸)の神経節細胞が欠落し、腸が正常に動かなくなる「先天性巨大結腸症(メガコロン)」を発症しました。

神経堤細胞の異常: これは、胎児期に腸の神経へと分化する「神経堤(しんけいてい)細胞」の移動や定着に、エンドセリンのシグナルが不可欠であることを証明するものでした。ヒトの疾患への貢献: この発見は、ヒトの先天性巨大結腸症(ヒルシュスプルング病)の一部の原因が、エンドセリン系の遺伝子突然変異にあることを突き止めるきっかけとなりました。

神経堤細胞が腸管の発生に従い神経叢を伸ばしていきますが、そこにこのエンドセリンが関係していたのです。ヒルシュプルング病は小児先天性腸疾患として小児科で重要ですが、まさか平滑筋収縮因子のエンドセリンがそれに関係するとは予想もしなかった結果です。私もこの論文を読んで驚嘆しました。エンドセリンは血圧調節因子としての薬理学的作用は肺高血圧症の治療と限定的ですが、ヒルシュプルング病治療には将来決定打となる可能性があります。


 もうすぐノーベルウィークですが、果たして柳沢さんの受賞はあるでしょうか?

山中竹春氏辞意表明 〜横浜市長の問題はこれに始まったことでない

ポワール

山中竹春横浜市長、意外とあっさり辞意表明しましたね。NHKから。

パワハラ認定の山中 横浜市長が辞職届「けじめつけるべき」

2026年8月28日 11:49

(2026年8月28日 20:54更新)

神奈川県


職員に対する重大なパワハラ行為があったと認定された横浜市の山中竹春市長が28日、「不適切な言動は許されるものでなく、けじめをつけるべきだと考えた」などとして、辞職届を提出しました。

一方、次の市長選挙については「全くの未定で、どのような対応をすべきか検討したい」としています。

山中横浜市長のパワハラは、今年初め部下の人事部長が会見で訴えていました。朝日新聞から引用します。

「山中竹春・横浜市長が威圧的な言動」市幹部が実名告発 市長は否定

2026年1月15日 19時08分

 横浜市の山中竹春市長(53)から日常的に威圧的な言動を受けたとして、現職の市幹部が15日、神奈川県庁で記者会見を開いた。市として中立で専門性が担保された第三者による調査を行い、市長には言動を改めるように求めた。


 会見したのは久保田淳・人事部長(49)。弁護士も同席した。証言によると、久保田氏が国際局の部長だった2023年頃から、外務省職員の視察の報告が遅かったとして机をたたきながら怒鳴られ、書類を投げつけられるなどの威圧的な言動が始まった。国際会議を「誘致できなければ切腹」などと言われ、昨年、人事部長になってからは銃で撃つしぐさをされたり、早朝や深夜を問わない私有携帯への連絡に悩まされたりした。


 そのほか、「ポンコツ」「人間のクズ」など市議や副市長、幹部職員らへの容姿や能力をやゆする暴言を日常的に聞かされていた。また、前市長の時までは一般職員でも市長室に説明に入れたが、山中市長は幹部職員に限ったうえ、ミスなどを理由に「出禁」とすることが他の幹部も含めて度々あり、業務を滞らせたとしている。

私の記憶では2021年の横浜市長当選時に、山中氏は前任だった横浜市大医学部教授だった時も研究室でのパワハラが報道されています。今回、この件も報道されていましたので、抜萃して引用します。

“山中竹春氏のパワハラ”の本質を、「横浜市大時代の重大事案」を通して徹底検証する

郷原信郎

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

8/17(月) 9:10


山中氏のパワハラ問題に関して提供された情報

山中氏のパワハラには大きく分けて二つの類型があった。一つは「外形的パワハラ」、もう一つは、学長代行という立場と人事権を背景に、部下や取引先を執拗に追い詰める「権限を利用した陰湿なパワハラ」である。


◎外形的なパワハラ

・「お前なんか辞めちまえ!やめろ!」と大声で怒号。

・怒って話しながら机をバンバン叩く。

・電話の受話器(子機)やボールペンを机に向かって投げつける。

・教授室の冷蔵庫から製氷皿を取り出して怒りながらシンクの脇にバンバン叩きつける。

・大学関係者がいる前で、教室の出入り業者や製薬企業の営業を大声で怒鳴り叱責する。


◎権限を使った陰湿なパワハラ(被害者は部下の教員、秘書、事務職、大学院生等)

・ちょっとしたきっかけで、直接会うことをひたすら避ける。電話には出ないか、出ても聞かずに切られる。メールへの返信もない。意思疎通が殆どない状況で、疎ましく思われていると感じさせる。

・山中氏から解析業務を指示され実施したが、解析結果のズレなどがあると怒号。納期が近づくにつれ、電話やメールによる催促が頻繁となり、2週間程度土日や深夜構わず作業を行ったことで心身に不調をきたし、退職に追い込まれる。

・山中氏がデータセンターの責任者であった研究でデータ入力ミスが発覚し、山中氏から怒号を受け、その後仕事が与えられなくなり、最終的には退職となる。

このような山中氏の陰湿なパワハラのために精神的に追い込まれ、適応障害等の精神症状に陥った被害者もいたという。

うー、大学には居ますね、こういう人物。ノーベル賞を受賞したある先生も、受賞前の前任校では教授室で大学院生を叱責する怒鳴り声が、廊下中に響き渡っていたと聞きます。これも今なられっきとしたパワハラ・アカハラです。


市大の副学長だった山中氏は、取引先企業の役員のA氏に、業務に関係のない不当な要求を繰り返していた。山中氏の要求はとても応じられるようなものではなく、A氏は、上司から、山中氏からの電話にでないよう指示されたので、しばらくの間、山中氏からの電話に出なかった。

ところが、あまりにしつこく電話がかかってくるので、仕方なく電話に出たところ、山中氏は、「電話に出ろ!殺すぞ!」と言った(さすがに拙いと思ったのか「殺すって言っても、社会的にな!」などと付け加えた。)

その言葉を聞いて怖くなったA氏は、それ以降、山中氏からの電話を録音することにした。その後も、山中氏からの不当な要求は続いた。

大物の教授だと大型の研究費を獲得するので、出入りの業者に対して高圧的に出る者がときどきいます。しかし、「殺すぞ!」はさすがにすごいな。


 一体山中氏はどういう経歴の人物なのか?

1972年(昭和47年)9月27日出身地:埼玉県秩父市

学歴

1991年早稲田大学本庄高等学院 卒業

1996年早稲田大学政治経済学部経済学科 卒業

1998年早稲田大学理工学部数学科 卒業

2000年早稲田大学大学院理工学研究科 修了

学位 2003年博士(理学)


略歴

2000-2004年九州大学医学部附属病院 文部教官助手

2002-2004年アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health, National Institute of Environmental Health Sciences) 研究員

2004-2005年財団法人先端医療振興財団 研究員

2006-2012年国立病院機構九州がんセンター 室長等を歴任

2012-2014年国立がん研究センター 部長等を歴任

2014-2021年横浜市立大学 特命副学長、医学部教授、大学院データサイエンス研究科長等を歴任

早稲田本庄の出身か。インタビューを聞くとテレビドラマ「スクールウオーズ」の影響で、早稲田本庄高等学院のラグビー部に入ったと言っています。体型は軽量だったのでフォワードだったそうです。この時期の厳しい練習で「One for all. All for one」の精神を身につけたと言っております。しかし、今回の経緯をみるとこういう体育会精神には弊害もあったのでないか?なおヤフコメをみると「山中氏は医師」というコメントが散見されますが、医師ではないです。医学部でも基礎医学系の教員は医師でない者が大半です。


今は上のように記載されている経歴も以前は誤魔化していたと書かれています。再び郷原氏の記載を引用します。

経歴詐称問題


山中氏の正確な学歴・経歴と、山中氏が自らの研究者データベース「researchmap」に記載していた経歴には多くの相違があった。

理学系研究者の学歴は、学部卒業後修士課程2年、博士課程3年在籍し、博士号を取得するというのが一般的だが、山中氏の学歴は、それとは異なる。早稲田大学政治経済学部を(1年留年して5年かかって)1996年に卒業した後、学士入学で理工学部数学科に2年間在籍し、その後大学院の「修士」課程を修了したというものだ。九州大学医学部で助手になった時点では博士号は取得しておらず、その後、米国NIH留学中の2003年10月に、早稲田大学で「博士論文」の認定を受けて博士号を取得した。大学院博士課程を経て取得する「課程博士」ではなく、「論文博士」だ。

ところが、山中氏は、「researchmap」や横浜市大ホームページ上の経歴では、学部卒業年次を1年遡らせて「1995年 早稲田政経学部卒」とし、1998年の数学科卒を書かずに、「2000年 大学院修了」と、「修士課程」を書かないことで、「学部卒業後、大学院に5年在籍」という、一般的な理学系研究者と同じ外形の学歴になっている。それに加え、博士号取得後に、実際には留学しただけなのに、正式な連邦職員である「NIH リサーチフェロー」として勤務していたように詐称することで、「大学院博士課程を修了し、博士号を取得して、米国NIHに正式職員として採用された」ように見れる経歴を掲載していた。

researchmapは基本的に本人が記載・更新していく研究者のデータベースですが、ここにウソを書く人は相当珍しいと思います。だってこのデータベースは政府が運営する公的なもので、経歴詐称なんかしたら恥ずかしいことになりますから。そこまでして経歴を糊塗するのは相当な「ええかっこしい」ですが、同業者の軽蔑をかうだけです。

大学院終了の2年後の2002年からの「NIH リサーチフェロー」の詐称は、「博士課程修了・課程博士」を装うために、極めて重要な意味を持つ。

米国国立衛生研究所(NIH)におけるリサーチフェローというのは、「博士号を取得し、期間限定で更新可能な任命を受けているNIHの職員」であり、博士号取得が必須のポストだ。2002年の時点では、山中氏は、博士号を取得しておらず、実際には、2002年の渡米時は、単なる留学生(ビジティングフェロー)であり、「2002年 NIH リサーチフェロー」は全くのウソである。しかし、「リサーチフェロー」と詐称することによって、その時点で、博士号を取得してNIHの正規職員に採用されていたようにみえる。実際に、横浜市大内部でも、「博士課程で博士号を取得し、NIH リサーチフェローとして雇用されていた」と認識されていた。

山中氏にとっては、「1995年 早稲田大学 政治経済学部卒」として卒業年次を1年遡らせ、「2000年 早稲田大学大学院 理工学研究科 修了」とすることで、1年留年していたこと、博士課程を経ていないことを隠し、「2002年-2004年 NIH リサーチフェロー」の詐称で、他の研究者と同等以上の経歴を装ってきたのである。

まあそういうことになりますが、どーでもえーがなレベルの経歴改ざんです。早稲田本庄から政治経済学部へ推薦を受けたなら高校時代もかなり優秀な成績だったはずだし、博士が課程だろうが論文だろうが気にするひとはいません。経済学科に数学科と華麗な遍歴だし、NIHにしても博士号なしでフェローだったなら、優秀だったのでないか?なんでそんなバカなウソつくのか?


 なお横浜市長選への出馬を巡っても、山中氏は同じような「ええかっこしい」をやっています。

横浜市大理事長らへの不当要求問題


私が、2021年8月の市長選告示直前に把握したのが、山中氏が、市長選への出馬が報じられた際に、横浜市立大学理事長らに「不当要求」を行った問題だった。それは、投開票日直前に、市長選に向けて、学内での自己の評価を高めるため、理事長という大学のガバナンスの最高責任者に対して、自己に有利な記載の文書を発出するよう強要した疑いだった。


その事実関係の概要は、以下のとおりだ。

6月10日前後、横浜のマスコミ各社は、「山中教授、市長選出馬へ」の情報を得て、山中氏本人や大学側に取材をかけていた。理事長・学長は、それを受けて、山中氏に出馬の意向があるのか否かを確認したが、山中氏は否定した。しかし、その後も、「山中教授出馬」に関する取材の動きは収まらなかったので、理事長らは、再度、山中氏の意志を確認しようとしたが、山中氏は、電話に全く出なかった。

そのような状況にあった中、6月16日に、新聞、テレビ各社が「山中教授、市長選出馬」を一斉に報じた。このような報道が一斉に行われるのは、本人が出馬意志についてコメントをしたからとしか考えられない。一方で、学長補佐・データサイエンス研究科長の要職にある山中教授の市長選への出馬が突然報じられたことで、教職員は動揺し、市大内部の混乱が拡大しかねない状況であった。理事長らは、山中氏の市長選挙への出馬、退職意思を確認しようと、必死に山中氏と連絡をとろうとしたが、理事長からの電話に山中氏は全く出ないので、本人の意向を確認しようがない。

大学当局として、山中教授の市長選出馬や退職について本人の意向を把握しているのか問われ、「わからない」というわけにもいかない。学内の動揺を抑えるために、教職員に向けての学内文書(6.16文書)を発出し、

「ご本人と連絡がとれない状況が続いていますが、現在も連絡をとり続けており、意思確認に務めております。」

と述べたのは、その時点における理事長らの認識そのものであり、何ら事実と異なるものではない。

また、学長補佐・研究科長の職にある山中氏が仮に市長選に出馬するとしても、横浜市が設置する公立大学としては、選挙活動・政治活動に一切関わることはなく、「中立の立場を貫く」のは公立大学として極めて重要なことであり、その旨学内文書に付記するのも当然だ。この学内文書の発出は、その時点での理事長・学長として当然の極めて正当な対応だったと言える。

うーん、山中氏は普通に「横浜市長選に出ます」と言えばよかったのでは?政治的中立はよくわからないけど、横浜市大が理事長名で「本人に確認できてない」と言ったとしても特に問題ないと思う。ところが山中氏はそうでなかった。

ところが、山中氏は、市大の理事長・学長名義でこのような学内文書が発出されたことに強く反発し、立憲民主党の花上喜代志、今野典人市会議員とともに、大学当局と面談し、6.16付け学内文書の

「『連絡がつかない状況が続いている』との記載は事実に反する。林市長の意向を忖度し、対立候補の活動を妨害するものだ」

などと言って、理事長らに訂正・謝罪を要求した。

そして、何回も面談を重ねた上、最終的には、訂正・謝罪に加えて、「設置主体の林市長に配慮した内容」などの記載や、山中氏について「素晴らしい研究業績」と記載するなど、山中氏への称賛を含む7月26日付け学内文書(7.26文書)を発出させた。

なんじゃ、こりゃ?牽強付会そのもので強引すぎる。しかし、横浜市大の執行部も「もしも山中氏が横浜市長になったら、今度は彼が我々のオーナーになる」という恐れを感じたのでしょう。「もしトラ」とまったく同じ構図で、実際山中氏は横浜市長に当選しました。


 しかし、ここまで強引な性格の人間、研究者として相当危ういと感じます。実験などで得られたデータが自分の仮説と合わないことはよくありますが、「そうなるはず」が「そうでなくてはならない」になるとmisconductを起こします。上で引用した

山中氏から解析業務を指示され実施したが、解析結果のズレなどがあると怒号。納期が近づくにつれ、電話やメールによる催促が頻繁となり、2週間程度土日や深夜構わず作業を行ったことで心身に不調をきたし、退職に追い込まれる。

は危険な徴候です。山中氏の業績として世間的に注目された新型コロナ感染の論文に関しては以下の経緯がありました。

コロナ抗体研究の発表を巡る批判横浜市立大学教授時代に主導した「新型コロナウイルスの変異株に対する中和抗体」に関する研究について、2021年の市長選出馬直前のタイミングで大々的に記者発表された経緯があります。科学的なデータそのものの不正(改ざんなど)が認定されたわけではありません。しかし、当時はまだ査読(他の研究者による審査)を経て学術誌に掲載される前の段階であったことから、「政治利用ではないか」「科学的エビデンスとしての発表手続きとして拙速ではないか」といった専門家やメディアからの手法に対する批判・疑問が投げかけられました。

プレスリリースとしておかしくはないが、確かに当時「論文としてアクセプトになってないのに公表でいいのか」という批判はありました。内容としては

新型コロナ感染患者での抗体の長期保有を証明(2020年):

新型コロナに感染し回復した人の約98%が、半年後も体内にウイルスの働きを抑える「中和抗体」を保有していることを明らかにしました。ワクチンの変異株への有効性を確認(2021年): ファイザー製ワクチンを2回接種した日本人の約9割が、当時流行していた変異株(英国株、南アフリカ株、ブラジル株、インド株など)に対しても中和抗体を保有していることを発表しました。当時の会見では「集団免疫に対して極めて期待の持てる結果」と述べ、社会に大きな安心感を与えました。

この発表は論文になっていました。

Front Microbiol

2021 May 7:12:661187.doi: 10.3389/fmicb.2021.661187. eCollection 2021.

Sustained Neutralizing Antibodies 6 Months Following Infection in 376 Japanese COVID-19 Survivors

Atsushi Goto 1 , Hirofumi Go 2 , Kei Miyakawa 3 , Yutaro Yamaoka 3 4 , Norihisa Ohtake 5 6 , Sousuke Kubo 3 7 , Sundararaj Stanleyraj Jeremiah 3 , Takahiro Mihara 1 , Kotaro Senuki 8 , Tomoyuki Miyazaki 9 , Satoshi Ikeda 10 , Takashi Ogura 10 , Hideaki Kato 11 , Ikuro Matsuba 12 , Naoko Sanno 13 , Masaaki Miyakawa 14 , Haruo Ozaki 15 , Masakazu Kikuoka 16 , Yasuo Ohashi 17 , Akihide Ryo 3 , Takeharu Yamanaka 1 2

感覚的に多分そういうことになるだろうなという印象を受ける論文内容です。山中氏はデータ解析を駆使して、薬剤有効性などの因果関係をメタ解析で議論する論文が多いです。今のところ山中氏の強引さはその研究内容には影響してないようですが、その点は本当に大丈夫なのでしょうね?私はそちらの方が横浜市長辞任より気になります。

バナナラマと医学部ダンパ 〜昭和のバブル時代は遠くに

ポワール

本来この時期は一番時間余裕があるはずなのですが、今夏は諸々の事情で忙しいです。加えて暑い!8月前半はまあまあ昔の夏みたいだったのに、お盆明けから東京も温度・湿度が上がって息苦しくぐったりしています。もし、今熊本地震を凌駕する地震が首都圏に起こったらどうなるのか!水もなくトイレもままならずで炎熱地獄では、私生きていく自信がありません。ましてや高齢のじじばばはバッタバッタと死んでいくことでせう(ま、ワシもジジの一種だから一蓮托生で嗤)。私若い頃から暑熱には弱く、フランスに居た頃の気候が一番合ってます。盛夏の8月でも夕方には気温が15度以下になり、ダウンを羽織ることがあったナ。しかし、今ヨーロッパは日本とおっつかっつの酷暑となっており、ドナウ川もライン川も干上がりで、私が居たころのヨーロッパの気候ではありません。


 嗚呼、昔は良かった。インターネットで便利になったけど、そんなんなくたって自分さえしっかりしてればいくらでも伸びる自信あります!じゃかじゃか電力を消費して、地球温暖化するくらいなら、ない方がまし。といっても多勢に無勢か。ぼぉーっとする頭で仕事してると、ふとバブル時代だった学生時代を思い出しました。バブルといえば、ディスコ。あの頃は六本木界隈を中心にディスコが大ブームでした。私などそういうことには縁遠い者でしたが、それでも秋のシーズンになると時々は行きました。あの頃医学部ブームは頂点に達しており、都内の大学医学部のクラブが開催するダンパ(ダンスパーティ)の券は飛ぶような売れ行きでした。人気があったのは慶應、日医、慈恵といった私立医大系ですが、医科歯科なども負けてなかった気がします。千葉大のような大学ですら都内まで進出して開催するような時代でした。そして何処の大学だか存じ上げませんが、女子大生がわんさか押しかけて凄まじい熱気だったのを思い出します。新聞にも医学生が催すダンパの熱気が記事になっていたのを見たことがあります。あの頃の服装は「ガタイ目立ち」でした。男も女もいかり肩のスーツを着ていたな。特に女性の肩パッドはすごかった!これとワンレン(ワンレングス)、ボディコン(ボディコンシャススーツ)がワンセットで、メークもこゆい、こゆい。六本木界隈はこういう女性ばかりで、まるでクレオパトラサイボーグ軍団みたいだった。


 ディスコの盛衰の歴史はこんな感じだったようです。

うーむ、我々の学生時代はディスコからみても頂点の時代だったのか。ま、バブル期だから当たり前か。今バブル期のディスコといえば「ジュリアナ東京」が有名ですが、あれはバブルがはじけた後の時代で我々には関係ないです。ジュリアナ時代我々は仕事で忙しくてディスコどころでなかった。ただ風の噂では「ジュリアナのお立ち台にはパンツを履いてないおんながいる!」とか聞きました。それって、下から見上げると黒い股間が丸見え!ちうこと?

そんなゲヒンなストリップ小屋みたいなのは見たくもないわ。やはり、六本木のマハラジャとかキラキラした感じが華でした。そしてそういうディスコではやっていたのがバナナラマの曲です。私の一押しは「 I Heard A Rumour」。アゲアゲのリズムで自然と腰が動く。今は仕事中でふらふらしてるわけにはいかないので、この曲でなんとか気分を盛り上げ、死ぬ気で仕事しております。

ところで「ダンパ」とか今もネットにあるかなと思って検索したら、関西方面の医学生ダンパ感想記を見つけました。これは大阪大学医学部ですな。ほほぉ、チホーの医学部も頑張ってたのね!ま、この時期阪大医学部はまだ中之島にあって、吹田キャンパスに移る前でした。だからシティボーイも居たのかな。

【プラチナチケット】国立大学医学部が主催するダンスパーティーに行ってみた。


そういえば学生の頃、友達に誘われて関西の某国立大学O大学の医学部主催の通称ダンパ(ダンスパーティー)に行った。


潜入!未知の医学部主催ダンスパーティー

ものすごく偏見だけど、医学部男子ってメガネでひょろっとしててガリ勉でしょう?そんな子たちがクラブでパーティー主催するって、絵面最強じゃないですか。それだけでもう面白そう。

「はぁー仕方ない。冴えない医学部男子諸君のために冷やかし程度に私も行ってやるかな。」

と、かーなーり上から目線で行ってみた。

ズンチャズンチャしたナウい曲が轟くクラブでその秘められし祭り事は行われていた。そしてそこには、日本の上位数パーセントと言われる殿方たちとの出会いや未来の医者の妻の座を夢見る。。

女子

女子

女子

女子で溢れかえっていた。


さらに驚いたことに、私のマキシマム偏見で考えていたような医学部生はそこにはおらず、ものすごーーく女の子慣れした男の子たちが出迎えてくれました。

「え!君たち本当に医学部??」って子ばかり。

かっこいいし普通に女子をリードするように話し振ってくれるし。夢のような状況に、

「ここはホストか。」

って心の中でツッコミしてしまう始末。しかし彼らは日本の上位数パーセント、まごうことなき国立大学医学部に通う男子学生諸君でした。そんな彼らに話しを聞くと、どうやら私の考えていた「ザ・医学部男子」みたいな子が過半数を占めているらしいが、中には彼らのようないわゆる「パリピ」っぽい子もいるらしい。そういう子たちが中心となってこのダンパを開催しているとのこと。またそこには彼らのようにきらめく学歴をお持ちのボーイたちがそれはそれは沢山いた。同大学の工学部や他大学の医学部ボーイ。あとなぜか私と同じへっぽこ私大の理工学部ボーイも来てた。笑


医学部主催ダンパでガツガツ女子が狙うべき人

学生だけしか参加しないかと思いきや。O大学の OBもたくさん参加している模様。このOBが狙い目!医学部のOB、つまり現研修医なのだ。

OBと学部生の圧倒的な違いといえば。金持ってる。ということでしょうな。ネットに落ちてる情報によると研修医の年収は700万円〜900万円とのこと。(差があるのは病院によって異なるため。)20代という若さでこの年収って。。会社員の給料ってほんまスズメの涙やん。


研修医金持ちエピソードとして。

私ではなく友達の話しですよ。友達の。当ダンパで研修医の方と連絡先を交換した彼女は、後日その彼とね。まぁいわゆる一夜の関係になるわけですが、その時真っ赤なポルシェで迎えに来てくれたそう。ポルシェ乗ってて貧乏ってオチは誠に考えにくい。研修医(もしくは彼の家族)は金持ちということはまず間違いない。てかお金持ってるならお金ばらまくような女遊びしたらいいのにと思うのは私だけでしょうか。笑

「地に足ついた女の子漁りやな。笑」

って若干笑ってしまったのは秘密。

研修医と学部生は明らかに違うので見分けやすい。女子に対してガツガツしていない。大人(と金)の余裕なのでしょうか。また、身につけているものも高価なのでそういうところを目を光らせていたら見つけられるでしょう。


ここで行われる変わったプログラム

基本的に男女が楽しくお話しするのがメインなのだが、ちょっとした催しものとして豪華商品付き!男女一組ビンゴがあった。これはビンゴのカードがあらかじめ半分に切られていて適当な男子と組んでビンゴするというもの。これは学生のノリって感じで今思うとオモシロイ。私も男子医大生くんと組みビンゴ!その子は私より1個下で

「自分の大学でも医学部主催のパーティーがあるので来てください!」

と宣伝に来ていた。笑 チャラついてたけどこういうところで真面目がでますね。ゲットできませんでしたが豪華商品はというとディズニーの入場券とかでした!普通に欲しかった。笑


プラチナチケットを手に入れるには

なお、このダンパに参加するにはチケットがいる。学生主催ということもあり値段は良心的。2000円くらい。このレアチケットは市場には出回らず、主催する医学部生が手売りしている模様。つまり、コネ必須。と言うか100%コネ!私も友人の彼氏がO大学の医学部生でそこからチケットを入手。(この友人も医学部ダンパで医学部彼氏を見事ゲットした猛者。)


私の戦果

私はというと。

結論から言うと、

医学部彼氏はゲットできず。。無念!!

しかし!同大学の法学部彼氏はゲットできました!

(ま、別れちゃったけど!)

まあ、昔は何だかやたらにピカピカとゴージャスな生活でした。それと比べて、子どもの医学生ライフはまことに地味!令和の学生は医学部に限らずあまり元気ないように感じてしまうのは、懐古趣味のオヤジの偏見??