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トルコ大統領選 〜偏向報道が目立つ日経イスタンブール支局

5月29日朝、トルコ大統領選の決選投票でエルドアン氏の当選をメディアが一斉に報道しました。ウクライナへのロシア侵攻で国際的緊張の高い地域なので、注目が大きかったと思います。エルドアン氏が宗教的に保守的で少数民族に対して強権姿勢で臨むことには批判がありますが、とりあえずトルコは現状維持で大きな変化は起こらないことになりました。


 日経新聞のイスタンブール支局は木寺もも子氏という記者が務めているようですが、その報道姿勢にはいささか首をかしげます。日経電子版だと5月20日になりますが、木寺記者は決選投票を控えた現地の模様を伝えています。木寺氏はアヤソフィア寺院でイスラム教徒の祈りが捧げられる場に戻したエルドアン氏に感謝する主婦の声を取り上げています。またスカーフ着用を理由に職を追われた元小学校教師の清掃員の女性が、スカーフを解禁したエルドアン氏を称賛していると述べています。


 トルコでは軍部によるクーデタがこれまでも度々あり幾度も政変を経験してきましたが、エルドアン氏が大統領になるまで、トルコは基本的に宗教から独立した政治を堅持してきました。これは現在のトルコ共和国が革命によってオスマントルコ王朝を倒した1918年に遡ります。アタチュルク、すなわちムスタファ・ケマルがトルコ共和国政府を樹立した時、旧態依然として遅れていたオスマン王朝の国家体制を根本的に改めます。第一次大戦でロシアとの対抗を背景にドイツについたオスマントルコは敗戦国となり一挙に国勢が衰えましたが、アタテュルクはそれを建て直しました。まずおこなったのが1921年の憲法改正で、国民主権を明示しました。また国語のトルコ語と相性が良くないアラビア文字表記をアルファベット表記に変更しました。そして重要なのが宗教政策です。オスマントルコ時代に跋扈したイマームの権力を制限し、イスラム教が政治や教育に過度に干渉することを抑制したのです。こうして成立した近代国家としてのトルコは、中近東で民主制を堅持する数少ない、というより唯一の国家です。私も小学校時代に図書館の本を読んでアタテュルクを知り、「すごい政治家がトルコにいたんだな」と感心した憶えがあります。


 アタチュルクの先見の明で、トルコ公教育ではイスラム教の影響が排除され、中立性が担保されるようになりました。これは1789年のフランス革命でブルボン王朝の王政が倒れた後、フランスでは公教育でのlaicite(宗教からの独立性)が保証されるようになったのと、成立過程も含めて非常に似ています。日本の明治維新による封建体制からの脱却や憲法制定による近代国家の成立はトルコより50年ほど早かったですが、天皇や神道を通じた前近代性は第二次大戦での敗戦まで、70年以上続きました。トルコは共和国成立の時点で日本より遥かに早く主権在民の国家体制を確立したのです。そういった目で見ると、現在のエルドアン政権はイスラム国家への回帰姿勢がかなり目立ちます。木寺記者は当然トルコの歴史背景をよく知っているはずなのに、あえて触れないようにしていると見えます。最後のところでかろうじてエルドアン支持派によるフェイクニュースによる対抗馬クルチダルオール氏への攻撃を載せている程度です。木寺氏のこういうエルドアン氏肩入れの姿勢は、自身のツイッターにもっと露骨に出ています。こういう偏向した政治姿勢を維持する記者を、なぜ日経新聞は放置しているのでしょうか?


 決選投票でクルチダルオール氏の得票率が47.9%、エルドアン氏の得票率は52.1%ですから、両者に対する国民の支持が二分されていることがわかります。木寺記者はクルチダルオール氏がクルド人政党の支持を受けていることに難色を示す声ばかりを取り上げています。非常に偏った報道ぶりです。クルド人はれっきとした独立民族ですが、数々の受難で国家を持てていません。クルド人はオスマントルコ時代、アルメニア人とともに蹂躙されてきましたが、アルメニア人は幸い独立国家をつくることができました。しかし地理的に小アジアに近いクルド人は独立できず、現在のトルコになっても抑圧されています。この前のトルコ大統領選挙では、日本のトルコ大使館に投票に来たトルコ人とクルド人の間で騒動が起きたことも憶えていますが、これもエルドアン氏の少数民族への強圧的な政治姿勢に起因していると思います。


こうした状勢を踏まえ、もっと中立的にトルコの現状を伝えるのが支局記者に求められる態度です。トルコはその親日姿勢が日本でもよく知られていますが、地理的にはかなり遠い国で常時関心を抱く日本人はあまり多くないでしょう。しかし今回の大統領選でも、投票率が一次投票、決選投票とも80%を超える、日本からみると驚異的な政治への関心の高さです。常に低投票率で、政治という大事な国民主権を政治家まかせにしがちな日本という国が情けなくなりますが、トルコをもっと分析し見習うべき点もあるのでないでしょうか。時局が緊迫するこの地域について、もっと深い知識と広い視野を持つ記者に報道を担っていただきたいものです。