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シリーズ未解決事件 File.10 下山事件 〜NHKスペシャル


あまりに忙しくて、NHKスペシャルの「シリーズ未解決事件」は、帝銀事件以外は観てなかったです。今回久しぶりに観たシリーズは「下山事件」でした。何か新事実でもあるのだろうかと思って、つけました。


 のっけから驚いたのは、「下山総裁他殺説」にのっとって、描かれていたことです。下山事件をwikiから簡単に引用します。

下山事件(しもやまじけん)は、日本が連合国の占領下にあった1949年(昭和24年)7月5日朝、国鉄総裁・下山定則が出勤途中に失踪、翌7月6日未明に轢死体で発見された事件。


事件発生直後からマスコミでは自殺説・他殺説が入り乱れ、捜査に当たった警視庁内部でも捜査一課は自殺、捜査二課は他殺で見解が対立し、それぞれ独自に捜査が行われたが、公式の捜査結果を発表することなく捜査本部は解散となり、捜査は打ち切られた。下山事件から約1ヵ月の間に国鉄に関連した三鷹事件、松川事件が相次いで発生し、三事件を合わせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる。


1964年7月6日に殺人事件としての公訴時効が成立し、未解決事件となった。

 下山総裁の轢断死体は常磐線荒川鉄橋にほど近い場所で見つかりました。今もこの付近は常磐線が綾瀬から北千住方面に向かって線路が大きくカーブしているところです。事故当時の写真を見ると、線路周囲は一面背の高い葦が生い茂る湿地帯で人家もほとんどなく、今とはまったく違う光景です。カーブしていることもあって、人が横から急に出て来ても運転手にはなかなか発見しにくかったでしょう。

轢断現場:写真は荒川左岸土手から綾瀬方面を見ている。上部の鉄橋は東武伊勢崎線。


 ドラマの焦点は「下山総裁は飛び込み自殺ではなかったのでないか」ということです。所謂「死後轢断」か「生前轢断」かの問題で、もし前者だったとすると当然殺人事件になります。この判定に関して、東京大学と慶應義塾大学の法医学教室が鋭く対立しました

生体轢断か死後轢断か

下山を轢いた機関車であるD51 651の捜査

古畑種基(左)と秋谷七郎(右、毒物鑑定担当)。捜査本部にて


下山は東武伊勢崎線ガード下の国鉄常磐線下り線路上にて、付近を0時20分頃に通過した田端発平行きの下り貨物第869列車(D51 651牽引)にひかれたことが判明[注釈 2][注釈 3]した。遺体の司法解剖の指揮を執った東京大学法医学教室主任の古畑種基教授は、回収された下山の遺体に認められた傷に生活反応が認められないことから、死後轢断と判定した(解剖の執刀は同教室の桑島直樹講師)。


また、遺体は損傷が激しく確実な死因の特定には至らなかったものの、轢断現場では血液がほとんど確認されず、失血死の可能性が指摘された。加えて、遺体の局部などの特定部位にのみ内出血などの生活反応を有す傷が認められたことから、該当部分に生前かなりの力が加えられたことが予想され、局部蹴り上げなどの暴行が加えられた可能性も指摘された。


一方、現場検証で遺体を検分した東京都監察医務院の八十島信之助監察医は、それまでの轢死体の検視経験から、すでに現場検証の段階で自殺と判断していた。遺体の局部などの特定部位にみられた内出血などの生活反応を有す傷については、轢死体では頻繁に生じる事象であり、血液反応がわずかなことも、遺体発見時の現場周辺で降った雨に流され確認できなかったもので、他殺の根拠にはなり得ないと主張した。


さらに、慶応大学の中舘久平教授が生体轢断を主張した。自殺の根拠となる生体轢断と見るか、他殺の有力な根拠となる死後轢断[注釈 4]とするかで意見が対立した。1949年(昭和24年)8月30日には古畑、中舘、小宮喬介(元名古屋医科大学教授)の3人の法医学者(ただし中館、小宮の両者は下山の遺体を実見していない)が衆議院法務委員会に参考人招致され、国会や法医学界をも巻き込んだ大論争となった。法務委員会委員の質問に対し古畑は、「解剖執刀者桑島博士は、いまだかつて公式には他殺、自殺のいずれともいっていない。死後轢断という解剖所見を述べているだけである。研究は継続中であり、研究結果も知らない者が勝手に推論することは、学者的態度ではない」と述べた[4]。

上記で古畑種基先生は東京大学法医学教室の有名な教授で、数々の裁判事案で司法解剖を担当して鑑定をおこない、医学的な見地から証言しています。しかし、所謂「古畑鑑定」には誤りもかなりあったのでなかと言われているのも事実です。東京都監察医務院の八十島信之助先生は慶應医学部出身で、その後中館教授の下で慶應法医学教室の講師となり札幌医大法医学教授となりました。このドラマでも出てくる松本清張の「死後轢断」説は知っていましたが、私は八十島先生が書かれた本でいう「生前轢断」説が正しいのだとずっと思っていました。


 ところが、ドラマでは日本橋三越で行方がわからなくなった下山総裁は誘拐され、某所で殺された後に轢断場所まで運ばれたというストーリーになっていました。正直、唖然としました。一体どこに他殺を断定する証拠があったのか?ドラマだったので、その証拠は出ませんでしたが、GHQの謀略機関のキャノン機関(とその手先の旧日本軍情報将校達)に拉致され、静脈からの失血で殺されたとなっています。だから轢断死体には出血が見られなかったという筋立てですが、なぜ静脈からの失血で殺す?自殺する手段としては腕の静脈を切って水に入れ止血反応を抑止するのは聞いたことがありますが、殺人としてはちょっと聞いたことがない手法です(私は殺しのプロではないけれど)。


 それに、轢断死体で見つかった常磐線近くの東武線五反野駅近くの旅館に来た下山総裁は、実は殺した総裁の衣服を着せた替え玉でないかという話も(ドラマでは実際そう演じられていた)、ちょっと手が込みすぎていると感じました。そこまでしないと、殺人を自殺に偽装できないのか?wikiにはこの辺のことでこう書かれています。

13時40分過ぎ、遺体発見地点に近い東武伊勢崎線五反野駅で下車した下山らしき人物は改札係に「この辺に旅館はありますか」と尋ねている。その後、14時から17時過ぎまで、駅員に教えられた同駅に程近い「末広旅館」に滞在し、18時頃から21時近くまでの間、五反野駅から南の遺体発見地点に至る東武伊勢崎線沿線で、服装背格好が下山によく似た人物の目撃証言が多数得られた。警視庁捜査一課は末広旅館での目撃証言により、ストレス等による発作的自殺説に傾いていった。しかし、五反野駅周辺から末広旅館にかけて目撃された人物について、旅館滞在中から旅館を出てトンネルと土手で目撃された18時40分まではメガネをかけていたが、夕方にかけての3人の目撃証言ではネクタイとメガネを外しており、遠視及び乱視でメガネを常にかけていた下山にしては不自然であることが指摘された。また、下山は色白で八の字眉であるのに対し、目撃された人物は日焼けして色が浅黒く脂ぎっており、頬骨が出ていて眉がつり上がっていたとの証言や、旅館滞在中に煙草を1本も吸っていないのも、煙草を好む下山にしてはおかしいとの指摘がある[2]。また、下山は東武鉄道の優待乗車証を所持していたが、五反野駅の改札では駅員に切符を渡しているなど疑問点が多数指摘され、五反野周辺で目撃された人物を下山本人と見るか、替え玉と見るかで意見が錯綜した。

今と違って防犯カメラのない時代だから何とも言えないが、人相に関するひとの記憶はきわめて怪しいものです。それに煙草を吸ってない、メガネを掛けない程度は、本人の調子でいくらでも変わります。私も優待乗車証を持っていた時期がありますが、あれ出すと鉄道関係者だと一発でわかります。五反野駅みたいな辺鄙な駅で優待証を出したら、相当怪しまれますよ。私はやはり「自殺説」が正しいのでないかと思います。


ヤフコメは何と言うか。

wra********3日前


他殺説に於ける多数派意見は、長らく下山総裁が人員整理に異論を唱えたから、口塞ぎに米国特務機関が主導した謀略殺人という推理だったけれど

あの強大な権力を誇った占領軍ならば、単純に日本政府の頭越しに下山氏を更迭追放すればいい話

ちょっと、腑に落ちないんだよね

Yaachan2日前


やはり黒幕はアメリカだ。

旧ソ連の犯行に見せかけ日本の元軍人を実行犯にし用済みになると消す。自分達は一切手を汚さない。

これがアメリカのデフォルトだ。

そして戦後78年余り日本は実質まだ独立していない。アメリカにコントロールされ続けている。どこが自由と正義なんだ?

アメリカが考える自由主義とは時と場合によっては共産主義に成り変わるご都合主義なんだよ。

mo_********2日前


アメリカ黒幕説が強引過ぎると感じた。

なぜ完全に殺害したあと血を抜いたのか?

他殺に見せるならもっと確かな方法があるのではないか?

なぜわざわざ下山氏の服を着て徘徊させ自殺に見せようとしたのか?捜査を混乱させる為にしては手が混みすぎてないか?

米文書館の資料を重大扱いしてるが地政学的に日本を重要視とのコメントは当然で、それが非協力的姿勢を見せる下山氏殺害の理由とするなど全てが線が細く強引過ぎる。

まあ、それはともかく、ドラマの方は久しぶりに見た森山さん、

渋くなって良かったな。

dec********1日前


下山総裁の遺体には、各部合計380箇所ものすり傷や打撲などの傷が確認されましたが

それら多数の傷には、生きている時に受傷した場合に見られる生活反応(皮下出血、化膿、炎症など)が見られなかった。

だから死後轢断、他殺だと判断されました

dpv********1日前


三鷹事件と松川事件は反共を目的とした占領軍が糸を引いていたことがほぼ分かっている。下山事件も占領軍が関係している可能性があるが謎が非常に多い。70年以上経っているのでアメリカの公文書公開の対象になっていると思うが未だに真相は明らかになっていない。なにか新事実はあるのだろうか?

やはり、意見が拮抗しています。


whi*****2日前


昔は権力に逆らってでも真実を追求した検事や生命の危機があっても新聞に書こうとした記者がいたことを知った。

今の検事は自分の保守や出世ばかり気にかけて、権力に逆らえない人が多すぎ。

記者にしても然り。

下山事件で苦い思いをした検事だからこそ、田中角栄の逮捕に踏み切れたんだろう。

でも、この事件も米国の策略という話もあるから、この検事は本当は米国に操られているかも知れないと思いつつも、逮捕に踏み切ったんだろうな。

 ドラマ最後は「他殺説」をとったことで左遷された検事・布施健が、後年ロッキード事件で田中角栄逮捕の指揮をとったことが描かれています。しかし、このロッキード事件こそが外交政策でアメリカの激しい怒りをかっていた田中角栄を追い落とすための謀略でなかったかという見方もあります。ちょっとうがち過ぎに感じますが、アメリカでの議会公聴会証言にもかかわらず、コーチャン氏が日本にはいっさい来なかった点は確かに不審に感じます。何とも言えませんが、アメリカの謀略で追い落とされた布施検事長の復活もまた、アメリカの謀略によるものだったという見方です。うーん、どうなんだろう?私は陰謀論者でない素朴派なので、ちょっと懐疑的です。