線虫がん臭い検査 〜早くから危惧を抱いていた難波先生
医師向け会員サイトの掲示板に、「線虫の走化性を使って尿からがん検査をする方法」に疑義が出されていました。がんの疑いがある人から尿を採取し、それを線虫(C. elegans)がいる培地に置いて、線虫の走化性からがんの有無を判定する検査法です。もし有効であれば患者への侵襲的な負担はなく、またきわめて簡易で安価な検査法です。確かにある種のがん患者では、入院する病室に独特な臭気があるという話は聞いたことがあります(特に肺がん)。もしその「臭気」ががんに発するものなら、尿にも同じ成分が出る可能性があります。この方法でがんの有無が同定できるなら、昔から言われていた噂が事実であったということになります。
しかしながら、掲示板の様子からすると、実際にがん患者であることが確定診断されているのに、この検査では陰性が多数であったと報告されています。つまり偽陰性です。その逆で少なくとも現在がんでないと診断されているのに、陽性と診断される例も多い(偽陽性)とも出ています。今、この検査はTVなどの広告でも大々的に宣伝されていますが(N-NOSE)、保険診療になっておらず自由診療です。しかし、これらが事実だとすれば(検証はこれからですが)、振り回される人が多数出てくることでしょう。
実はこの線虫を用いた九州大学発のバイオアッセイ法は紹介されてすぐに、2015年に広島大名誉教授で病理学者の難波紘二先生という方が疑問を呈していました。
この記事の中で、難波先生の主張がもっともだと私も感じるのが、以下です。
C.エレガンスのゲノムはすで完全解読されていて、約15,000個あり、うち10%の1,500個が、G-タンパクと呼ばれる特殊なタンパク質を構造の一部にもつ「化学受容体」の遺伝子だという。そのうち「嗅」に拘わるものが4個である。
実験ではこの嗅遺伝子を遺伝子工学の方法で操作して、「アノソミア(無臭症)」の線虫を作り、この個体はもはや人のがんの尿に反応しなくなることを示し「がん特異的な化学受容体」があることの証拠としている。
なんともうろんな実験だと思う。他者による追試確認が必要だが、それよりも正常尿と「がん患者尿」を濃縮、分画して、線虫に特異的な反応を起こす分画を抽出し、「がん患者に特異的に存在し、正常患者には存在しない化学物質」をなぜ同定しなかったのか?と思う。
この方面の研究者でなくても、誰しもそう思うでしょう。こういう物質は存在したとしても微量しかないから、同定されてもその検出にはマススペクトルなどの高額な器機に頼ることになります。線虫検査が遥かに安上がりで簡便ですから、検査実用にはそちらが優先されるかもしれません。しかし同時並行で「がん特異的臭い物質」の同定は、科学的に当然進むはずなのです。しかし、これだけ時間が経っても、臭い物質同定方面の研究発表はまったくないのです。ただ、そのがん特異的臭い物質は単体でない可能性はあります。いくつかの物質の複合、かつその比率が問題ということかもしれません。しかしそうなると、検査結果はきわめて不安定で再現性に乏しくなると、私は考えます。
難波先生の記事続篇がここに出ています。
【線虫でがんを診断・続】難波先生より
この記事では示されている画像が粗くて、主張されている線虫の集まり具合(走化性)の不自然さがわかりにくいです。しかし、難波先生は恣意的なデータ操作を強く疑われています。僕はこれを2015年当時に読んでいたので、「まあ真偽はそう遠からずわかるし、偽であればまさか市場に出ることもないだろう」と思っていました。しかし現実にはこの検査は2018年に事業化されてました。その結果2023年現在、大々的な宣伝とともに医療関係者からその真偽が問われる事態になっているわけです。検索してみると、このN-NOSEには疑問を呈する記事が昨年(2022年)からあちこちの週刊誌に出ています。しかしN-NOSEを徹底的に擁護する記事もありました。
文春砲『線虫がん検査「精度86%」は問題だらけ』があまりにお粗末と言える確固たる理由
医療関係者ではこれだけ大きな話題になっているので、おそらく今年度中にはおおよその真偽決着をみると考えています。それにしても、この宇和島市議会議員のブログに難波紘二先生は鋭い洞察に基づいたエッセーを数々載せて来られました。有名な小保方晴子の「STAP細胞」についても、その虚偽について鋭い指摘を早くからしてらっしゃいました。難波先生が最後にブログの掲載投稿をされてから、もう5年以上経ちました。今もお元気にお過ごしであることを祈りたいです。
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