警察沙汰にもなった明大「立て看板」1 〜昭和の暗い残像
警察沙汰にもなった明大「立て看板」1 〜昭和の暗い残像
警察沙汰にもなった明大「立て看板」2 〜狭山事件と革労協
警察沙汰にもなった明大「立て看板」3 〜明大で荒れ狂った内ゲバ殺人
警察沙汰にもなった明大「立て看板」4 〜ヤフコメの反応
TBSドラマ「不適切にもほどがある!」で昭和のイメージが肯定的に語られることも多い昨今ですが、本当の昭和はあのドラマで触れられるような正のイメージばかりではなかったです。元気があるというよりもっとがさつで、荒々しい事件がたくさんあり、世の中の空気も殺伐としていました。
明大で繰り広げられた「立てカン」騒動に関するAERAの記事です。引用します。
今年2月、「明治大学立て看同好会」なる団体のXへの投稿が話題を呼んだ。<明治大学は、ただ学生が「戦争反対」と言うことすら「そんな政治的なものは学内では許されない」と判断しました>というポストが、瞬く間に5000件近くリツイートされたのだ。明治大学では学生による言論の自由が認められていない、とも取れる内容だが、学内で一体何が起こっているのか。同好会メンバーに経緯を取材し、大学側の“反論”も聞いた。
都内の大学だけでなく、全国でとんと見掛けなくなった大学構内立てカンの話です。
パレスチナ紛争下の虐殺に反対の声をあげたいと考えていたA輔さんとB美さんは、明治大の和泉キャンパス(杉並区)に設置されていた学生用掲示板に目をつけた。当時、掲示板にはほとんど張り紙がなく余白が目立っており、大学の学生支援事務室に掲載ルールを確認したところ「事前申請は必要ない」という回答があった。
そこで10月23日、二人は掲示板上部に「明治大学自由張り紙コーナー」と大々的に張り紙をし、その下に、「パレスチナに平和を!」「STOP THE WAR」といったパレスチナ関連のビラのほか、性の多様性を訴えるレインボーフラッグ、フランス人小説家の言葉を引用した「フェミニズムは革命だ」と記した段ボール紙などを計30枚ほど掲示した。
あえてさまざまなテーマのビラを用意したのは、「自分たちだけでなく、他の学生も自由に張り紙をしてほしい」という思いからだ。早速面白がってくれた一部の学生が、その日のうちに数枚のビラを貼りに来てくれたという。
しかし翌24日、掲示板の様子を見に行ったA輔さんとB美さんの目に飛び込んできたのは、大学職員が次々にビラをはがす姿だった。元から貼られていた、同大中野キャンパスで開催される「ダイバーシティフェスタ」の案内さえも、B美さんが貼ったレインボーフラッグのビラとデザインが似ていたからか、姿を消していた。
そこで大学事務室にビラ撤去の理由を問い合わせると、「掲示前に申請が要らないと言ったのはこちらの手違いで、本当は事務室による確認・許可を経たものしか掲示できない」「政治的なビラは、セクトなど学外の団体を呼び寄せる原因になりかねないので認められない」といった回答があったという。
和泉キャンパスと言えば、京王線の「明大前駅」ですね。
A輔さんは当時の状況をこう振り返る。
「もちろん反論はしましたよ。戦争反対は政治的ではなくて普遍的な主張だし、掲示板は学生のために置かれているのだから自由に使う権利はあるはずだと。でも職員の人は、『掲示板はあくまで大学の所有物。人の家に張り紙をしてはいけないように、勝手な行動は認められない』という一点張りでした」
明大はなぜ、A輔さんたちの張り紙を「政治的」とみなしたのか。編集部が広報課に問い合わせると、「政治活動家の写真や特定内容のビラの掲示が見受けられ、学生からも問い合わせがあるほどでした。無許可での掲示だったこともありこれらを総合的に判断しました」と文書での回答があった。
大学側の対応を受け、学内での自由な言論が認められていないと問題意識を抱いた二人は、掲示板がダメなら立て看板で表現活動をしようと、「明治大学立て看同好会」を立ち上げた。そしてキャンパスの不自由さを多くの人に訴えるべく、11月上旬の学園祭でビラを配り、「自由な大学取り戻そう」と記した立て看板を設置することにした。
だが学園祭当日、またしてもトラブルが勃発する。二人が目を離している間に大学職員によって立て看板が撤去され、さらにはビラ配りに協力していた他大の学生が近隣の高井戸警察署に連行されたのだ。
広報課はこの日の対応について、以下のとおり回答している。
「立て看板に限らず、通行スペースの妨げになるものなどは大学としては設置を認めておりません」
「明大祭(※学園祭)期間中、明大祭と無関係のビラが大学構内のいたるところに無許可で掲示されていました。また、掲示している人物を目撃したという情報が複数寄せられました。こうした経緯から、安全管理・防犯の面で警察にこの件を相談しました」
A輔さんによると、協力者の他大生は大学職員から身分証を見せるよう要求されたものの、「学園祭期間中は外部から自由に人が入れるのに、なぜ身分を証明する必要があるのか?」と拒否した結果、通報され、高井戸署で始末書を書くことになったという。
■大学同士の“連帯”が広がる
しかしA輔さんとB美さんは、学園祭での騒動を受けてもなお、引き下がらない。
大学事務局に対し、「立て看板は学園祭の実行委員会に事前に許可を得て持ち込んだもので、正当性がある」「撤去した立て看板をいつまでも占有しているのはおかしい。泥棒しないで早く返してほしい」と、文書や口頭で何度も抗議した結果、12月下旬にようやく看板が戻ってきた。さらに、東京大学の「東大立て看同好会」の協力により、返還された立て看板は同大駒場キャンパスの一角に設置してもらえることになった。
実は昨年11月以降、早稲田大、慶應大、国際基督教大、青山学院大など、有名大学で続々と立て看同好会が発足する「ちょっとしたブーム」(B美さん)が起きており、大学同士の連帯が広がっている。
私は、この「A輔さんによると、協力者の他大生は大学職員から身分証を見せるよう要求されたものの」の記載にぎょっとなりました。大学同士の連帯か。一体どこの何者の連帯なんだ?
処分を受け入れた二人は、今年1月26日、大学事務室に対し、「掲示物及び立て看板の規則に関する要望書」を提出した。要望書では、「掲示板に張り紙をする際に許可申請が必要なのは“検閲”にあたり、民主的な大学運営に不適当」「立て看板の設置を認めないことは学生の自由を認めないことであり、設置や設置規則について学生との協議の場を設けるべき」などと訴えたが、3月11日時点で、まだ大学側から見解は出ていないという。
なぜ二人は、少なくない代償を払ってまで、同好会活動に心血を注ぐのか。
「大学は戦争に対して言論で“待った”をかける機関なのに、あろうことか、そう主張する学生を排除しようとしている。戦前の大学が軍事研究に走って学徒動員した歴史に重なって見えて、これは大学内だけでなく社会の根本に関わる問題ではないかと、大きな危機感を持っています。キャンパスは、学生の問題意識を発信し、授業で学んだことを即座に実践するための場であってほしいと願っています」(B美さん)
最後にA輔さんは
「戦争反対だけではなく、たとえば学費値上げへの抗議など、学生それぞれが言いたいことを言える環境が理想です。大学に訴える場がない現状は不健全だと思います」(A輔さん)
で締めくくっています。この記事を書いた記者は平成生まれなんでしょうね。なんか無邪気な正義感が文面に横溢しています。それとも、AERAですから朝日新聞系で、左翼シンパの記者なのか?昭和世代からすると、明大の立てカンにはぞっとする記憶しかない。今から40年以上前、駿河台の駿台予備校に通っていた時、よく見ていました。学生運動の立て看が所狭しと林立していましたが、デカイ看板に特徴がある角張った大文字(ゲバ文字というらしい)を書き殴っていました。今検索すると、明大駿河台キャンパスのその風景が画像として全然掛かりませんが、1970年代にしても異様でした。特に「狭山事件」を扱ったものが圧倒的に多かった。それを思い出すと、当時の陰惨な学生運動の内ゲバ事件、そしてその後連続した殺人テロという暗い記憶がズルズルと引きずり出されてきます。
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