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物語 遺伝学の歴史 〜生物学・医学に進もうとする高校生へ

失礼ながら著者の平野博之先生をよく知らなかったので、あまり期待しないで購入したのですが、なかなかどうして興味深い内容でした。


 今でこそメンデルの遺伝の法則は中学校でも習いますが、これ最初に思いついたメンデルはすごい洞察力だったと思います。というのも本に書かれているように「メンデル以前」の人たちが遺伝についてあれこれ試行錯誤しても、メンデルのような結論に行き着かなかったからです(その過程もおもしろい)。それに今でこそ遺伝の本体は染色体にありその構成もよくわかっていますが、染色体も何もわからない中で純粋に理論的に導いた結論はまことに正確でした。しかし遺伝は多彩で自家受粉する植物もあります。もしメンデルがヤナギタンポポ(=コウゾリナ)に拘っていたら、泥沼だったでしょう。ただメンデルはエンドウ豆の実験過程でデータの「操作」をおこなった疑惑があるとは聞いています。


 そしてハエのモーガン。組換え頻度によるモーガン単位に名前を残していますが、染色体地図の完成に偉大な貢献がありました。そしてカリフォルニア工科大(通称カルテク)の生物学部門の隆盛を築いたのも彼だったのか。
 マクリントックは風変わりな女性という認識がありますが、彼女の業績はMGE(movable genetic element)だけではなかったのですね。
 そしてビードル、テータムのアカパンカビによる1遺伝子1酵素説の確立。彼らもカルテクの一員だったのか。カルテクの研究者は個人的には論文査読で辛辣な目に遭わされて好きじゃないですが、モーガンが築いた伝統にはすごいものがあると感心しました。
 DNA発見前夜くらいからは、高校の教科書でもお馴染みの顔ぶれが続々登場します。肺炎球菌のエイブリーから二重鎖構造のワトソンを中心に、まあ聞いたことがある話が多くなります。
 相当膨大な遺伝学の研究の流れを手際よく描いており、また研究者の生の声もふんだんに盛り込まれていて、読者を飽きさせません。これから生物学や医学を志すことを考える高校生には是非読んでいただきたい本です。
 ただ難を言うと、ゲノム解析の進歩にまったく触れられていないこと。2000年代くらいからヒトを含む多くの生物種で、その全塩基配列が解明されました。最大の発見は、いわゆる遺伝子として機能してない塩基配列が真核生物で非常に多かったことでしょう。それが全体の90%近くを占めている生物種もざらにいます。しかしこの配列は意味がないというわけでなく、遺伝子発現や生物進化に重大な影響を与えてきたことが段々とわかってきました。このことが本書ではなぜか全く触れられていません。紙数の関係かもしれませんが、惜しいところです。しかし古典的な遺伝学の流れは要所を押さえており、すばらしい展開です。これ新聞や雑誌の書評で取り上げられたのを見たことがないですが、一読に値します。


「物語 遺伝学の歴史」平野博之著 中公新書 2022, 12